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2026.09.08 / 建築と住まいの話

信州の町並み9 木曽平沢

信州の町並みシリーズ第9弾です。前回は中山道の宿場町「奈良井(ならい)」でしたが、今回紹介するのは、木曽路(木曽11宿)の入口である贄川宿と2番目の奈良井宿との中間にあって、奈良井宿の枝郷だった「木曾平沢(きそひらさわ)」です。

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旧中山道に面して店舗が並んでいるため、傍目には宿場町のようにも見えますが、ここは漆器を生業とする漆工町(産業町)です。2006(平成18)年に「塩尻市木曾平沢」として重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)に選定されました。「漆工町」の重伝建地区は全国で唯一です。

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平沢は奈良井川が大きく湾曲した河川敷に発達した集落で、木曽福島や奈良井とともに古くから漆器の産地でした。江戸時代中期の元禄年間(1688~1704年)に中山道が整備されると、往来する旅人が土産物として木曽漆器を買い求めるようになり、広く知れ渡りました。

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町には南北に縦貫する2つの通りがあります。本通り(中山道)の両側には漆器の店舗をもつ主屋が並び、その奥には漆器製造のための塗蔵や付属屋が連なります。主屋(町屋)は間口3間を標準規模として、厨子二階(つしにかい)あるいは2階建ての切妻造り平入りです。「厨子二階」とは、2階建てが認められていない時代に、桁を半階ほど高くして屋根裏部屋を設けた造りのこと。屋根はかつて、この地域の特徴である板葺き石置き屋根でした。

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本通りと金西町通りの分岐点

そして西側に並行する金西町の通り沿いには職人の住居が建ち並んでおり、性格の異なる町並みが一体化し、職住近接の漆工町を形成しているのが大きな特徴になっています。

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中山道がカーブしていることによって、隣り合う建物が前後にズレて建っている場所が多くあります。そのため短冊状敷地の道路面(建物の前)に「アガモチ」と呼ばれる三角形の空地が生まれ、駐車スペースのように使われているのも、平沢の町並みの特徴です。
中庭を挟んで主屋の奥に漆塗りの作業場である塗蔵(ぬりぐら)や付属屋が連なっています。町屋は隣家とくっ付いて建つことが一般的ですが、平沢では隣家との間に隙間を空けて主屋が建っていて、表から塗蔵への通路になっている点も特徴です。

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漆器店は昭和初期に僅か十数軒に減っていたそうですが、1949(昭和24)年には旧通産省から重要漆工業団地の指定を受け、1975(昭和50)年には木曽漆器が旧通産省の伝統工芸品に指定されます。1990年代には需要が低迷して漆器産業も衰退してきましたが、木曽漆器の振興に努める取り組みもあって現在では100軒近い漆器店があります。前述の通り、2006年には重伝建地区にも選定されました。

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左手前が「まる又漆器店」

以前のブログにも書きましたが、1998年の長野五輪の金・銀・銅メダルはここ平沢で製作されました。そのメダルは金属に漆を塗布して蒔絵を施し、勲章の技術に使われている七宝を組み合わせた工芸品です。開発したのは平沢の漆職人である伊藤猛さん(まる又漆器店)。詳しくはこちらをご覧ください。

岸 未希亜

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