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2023.09.18 / よもやま話

父と娘の山形紀行1

夏休みに、娘と車中1泊+1泊2日の旅をしてきました。
次女との旅行も今回で5回目。当初は四国に行く話が出ましたが、今回は2日間しか時間が取れないにもかかわらず、父は愛媛に行きたい、娘は香川に行きたいと言って話がまとまりませんでした(笑)
それなら「まだ行っていない東北にしよう」ということで、行き先を山形県へ変更。47都道府県に行ったことがあると公言している私ですが、山形県は小学生の時にサッカー合宿で蔵王へ行っただけ。大学生になって多くの場所を訪れるようになって以降、唯一足を踏み入れていなかったのが山形県でした。

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人間の横顔みたいな形をしている山形県は4つの地域に分かれています。日本海に面した県北西部の庄内エリア、県北東部の最上エリア、県庁所在地の山形市がある県東部の村山エリア、米沢市を中心とした県南部の置賜エリアです。現地の気予報もこの4地域に分けて天気を表示していました。

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今回も往路は夜行バス利用で、明け方に目を覚ますと山形県内のサービスエリアに到着。そして庄内平野の田園風景に迎えられました。酒田駅前で予約していたレンタカーを借り、最初の目的地に向かって走っていたら、立派な建物が目に入ったので思わず車を停めました。

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別館「お店」

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本間家旧本邸

この建物は本間家旧別邸の別館「お店」で、道の向かい側には酒田屈指の豪商・本間家の旧本邸がありました。別館「お店」は本間家が代々商売を営んだ場所で、屋敷の方は、幕府巡見使の本陣宿として1768年に建てられたものです。後に本間家が拝領して本邸としますが、当初は藩主酒井家のために商人である本間家が献上した武家屋敷ということで、全国的にも珍しいそうです。

そして酒田のシンボルと言えばここ、山居倉庫です。

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2021年3月に国指定史跡に認定され、今後は観光施設として市が管理しますが、2022年9月まではJA全農山形所轄の米倉庫として使用されていました。1893(明治26)年に14棟建てられ、そのうち12棟が残り、うち9棟が現役の倉庫だったそうです。

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倉庫の西側にはケヤキを植えて日射しと冬の季節風から建物を守り、屋根は白壁の土蔵と屋根の間に空間を作る置き屋根で熱を逃がす構造になっています。そして表からは白壁の土蔵ですが、裏に回ると竪板張り目板打ちの素朴な姿になっていて別世界。この切妻屋根が連続する姿はケヤキ並木と相まって素敵でした。

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昔はどこでも舟運がメインでしたが、山形では米沢から酒田までの主要都市が最上川に沿って展開しています。酒田も最上川舟運の拠点であり、目の前の新井田川(すぐ横で最上川と合流)に面して船着場と運搬船(小鵜飼舟)が復元されていました。

次に向かったのは、酒田市にある土門拳記念館。

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土門拳は『ヒロシマ』『古寺巡礼』などの作品で知られた酒田市出身の写真家です。土門が全作品を酒田市に寄贈したことを契機に、13万5千点におよぶ土門作品のすべてを所蔵する日本で初めての写真専門美術館として、1983年に開館しました。
建物は土門と親交が深かった建築家・谷口吉郎の子息である谷口吉生が設計し、吉田五十八賞を受賞しています。谷口吉生の建築は、派手さのないデザインながら水平垂直ラインが美しく、葛西臨海水族園、丸亀市猪熊玄一郎現代美術館、豊田市美術館、ニューヨーク近代美術館新館など、後世に残る作品ばかりです。

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中庭の彫刻「土門さん」

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企画展示室から眺める庭「流れ」

飯森山公園の自然林と丘を背景に、前面に広がる人工池と一体になった建物は、そこに美しく在りました。また、水が流れる中庭の彫刻をイサムノグチが、企画展示室から見る石と緑の庭を勅使河原宏が、入口にある館銘板を亀倉雄策が製作するなど、土門と親交のある一流芸術家たちが友情の証を残しています。

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建物は内外部とも築40年とは思えない綺麗な状態で、展示してある土門拳の写真もまた素晴らしかったです。特に仏像や奈良の古寺の写真は息をのむような美しさでした。

その次に訪れたのは鶴岡市の致道博物館です。

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ここには重要文化財の旧鶴岡警察署庁舎や旧西田川郡役所などが移築保存されていますが、私のお目当ては重要文化財民家の旧渋谷家です。

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旧渋谷家は県内有数の豪雪地帯である旧朝日村(現鶴岡市)の田麦俣集落にありました。明治以降に養蚕が盛んになると、小屋裏を養蚕に利用するため、妻面の屋根を左右に開いたような造りに変化します。これを「高はっぽう造り」とか「兜造り」と呼んだりします。

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養蚕による屋根形状の工夫は様々な形に派生しましたが、田麦俣の民家は軒先がピンと跳ね上がったエレガントさと、平側の屋根にも「はっぽう」と呼ばれる高窓があって独特な形状をしていて、私は好きなのです。ところが妻面に足場が掛かっていて、肝心の正面からの姿を邪魔されていたのは残念でした。

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致道博物館内には国指定名勝の酒井氏庭園もあります。そしてこの酒井氏の起源が、徳川家康の家臣で「徳川四天王」の筆頭である酒井忠次と聞いてびっくり。鶴岡市(江戸時代の庄内藩)は、1622年に忠次の孫である酒井忠勝が藩主となって以来、明治維新まで酒井家が治めた土地だそうです。

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大河ドラマ「どうする家康」を見ている最中なので、親近感を覚えました。(つづく)

岸 未希亜

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