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2026.10.10 / よもやま話

倉本聰が描いた『北の国から』 

先週、脚本家の倉本聰さんが91歳で天寿を全うされました。倉本ドラマということで真っ先に思い浮かぶのはフジテレビで放送された『北の国から』ですね。5年前に俳優の田中邦衛さんが亡くなった時にも『北の国から』でブログを書きましたが、5年半ぶりなのでもう一度書かせてください(笑)

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「僕たちの好きな倉本ドラマ」表紙(別冊宝島)

40代以上の人なら『北の国から』を知らない人はいないと思いますが、会社にいる20代の若者は『北の国から』を知りませんでした。そんな若い人のために再び概要から・・・

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「北の国から」メモリアルアルバム(フジテレビ出版)より

『北の国から』はまず1981年秋から1982年春にかけて、連続ドラマとして全24話(2クール)が放送されました。田中邦衛演じる「黒板五郎」が、妻の不倫をきっかけに吉岡秀隆演じる長男「純」と中嶋朋子演じる長女「蛍」を連れて東京から富良野に移り住み、北海道の大自然をバックに親子3人の1年間の成長や様々な出来事が描かれています。
その後、2~3年おきに放送される単発ドラマに移行すると、人気に拍車がかかりました。純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)の成長過程が等身大の子供の成長として描かれるため、日本中の人が黒板家を親戚か近所に住んでいる実在の家族のように感じて、感情移入したはずです。
単発ドラマは、「83冬」「84夏」「87初恋」「89帰郷」「92巣立ち」「95秘密」「98時代」「02遺言」と8作品が放送され、最終回の「02遺言」は瞬間最高視聴率45%を記録するなど、国民的ドラマと呼ばれました。

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「北の国から」メモリアルアルバム(フジテレビ出版)より

10月9日(1981年の第1話放送と同じ日)に倉本聰さん追悼番組「北の国から 83冬」が放送されました。ご覧になった方もいると思いますが、この単発ドラマ第1作は連続ドラマの「その後」なので、大きな見せ場がある訳ではなく、連続ドラマを見ていないといま一つ入り込めなかったのではないでしょうか。
続く「84 夏」は丸太小屋の火事があり、純と正吉の別れがあり、別れた後の食堂での食事シーンで「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」という五郎の有名なセリフが聞けるので、再放送を期待しています(笑)

連続ドラマ24話は2025年の8月にフジテレビで再放送されたので、私は録画して全部見ました。

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この連続ドラマのハイライトは第17話です。正式に離婚することになった母(いしだあゆみ)が弁護士と富良野に来て子供たちと会います。そして東京に帰る時、蛍が駅での見送りを拒んで同行しなかったので、母は純に「しっかり頼んだわよ、蛍のこと」と言って汽車に乗ります。母が車窓の景色を眺めていると、空知川沿いの土手を少女が駆けている光景が目に入り、窓を開けて「ほたる~」と叫ぶのです。懸命に走って母を見送る蛍の目にも涙が・・・

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このシーンは何回見ても泣けるので、ぜひFOD(フジテレビ公式動画配信サービス)でご覧ください。

倉本聰さんは、自身の脚本を一字一句たりとも製作現場だけの判断で変えることを禁じていたそうです。そして撮影前の本読みでは厳しいダメ出しが何度も出るそうで、出演者には恐怖でしかなかったとか。それでいて、連ドラ撮影前の直前合宿で主要キャストの人物要素を吸収し、最終台本には子役(中嶋朋子)の口癖を登場人物(蛍)の口癖にする等の細かな仕上げが施されていたそうです。

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蛍(中嶋朋子)と同い年の私も『北の国から』の熱烈なファンの一人で、倉本聰さんの作品に出会えたことは幸せでした。倉本聰さんのご冥福を心からお祈りします。

岸 未希亜

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