「浜松での基調講演」の夜は、浜松に自宅がある人を除く7名が駅前のビジネスホテルに宿泊しました。その中で磐田の中津川さん、掛川の平松さんが車で浜松まで来ているので、浜松組も翌朝9時にホテルロビーに集合して2台に分乗。建築士の集まりらしく、今日は建築の見学ツアーに出掛けます。

午前中に訪れたのは、参加メンバーの一人である大石智さんが再生した古民家です。浜松市で「民家の工房・大石設計室」を主宰している大石さんは、古民家鑑定士の資格もお持ちで、新築住宅の他に古民家再生の仕事もされています。


浜松市内にあるその建物は、築120年にもなる古民家で、屋敷構えも大きく立派なものでした。道路に沿って新設された板塀がぐるっと回り、どこまでが敷地なのかと思うほどです。表門がまた立派で、その両側には土蔵が建っています。

門を潜って右側(東の土蔵)は約200年前に建てられた米蔵で、一足先に(主屋を改修する前に)カフェに生まれ変わりました。「お菓子の森&蔵のカフェ」という古民家カフェとして営業しています。

左側(西の土蔵)は物置として使われていたものを改修して、物置として再利用しています。下がっていた棟下の牛梁を補強したり、コストを掛けずに上手に外壁を修繕したりしていました。

主屋の西側に廊下で繋がった離れがあります。庭に面したお座敷なのですが、この部分はレンタルスペース「悠歩yu-ho」として貸し出しを行っているとのこと。まだ運用して間もないそうですが、結婚式の前撮り、ヨガ教室などが行われているそうです。
私たちも最初にここに通され、大石さんが用意した映像資料の鑑賞会に臨みます。古民家改修の時間経過や改修にあたっての様々な工夫を知ることができ、とても勉強になりました。


驚かされたのは断熱改修の方法です。屋根や壁を剝がしてしまうと膨大な費用がかかるため、リフォーム用の「内窓」等を使いながら、床上は予算を抑えた断熱改修に止め、代わりに床下を基礎断熱にして床下の気密性を高め、エアコンで床下を暖房していました。元々基礎がない建物にコンクリートの土間を打ったり、現場の苦労は相当なものだったと思います。


旧家で土間だった部分は広々としたダイニング・キッチンに生まれ変わりました。クッキングストーブ(薪ストーブ)も置いてあり、「こども料理教室・はんの実」としても利用しているそうです。そのため隣接するリビングの一角には、教室使用時も利用できるミニキッチンが備え付けられていました。
3間続きの畳の部屋には欄間、建具、釘隠しなど、凝った意匠が散りばめられていますし、縁側越しに眺められる庭は離れと共有する形になっていました。


建物のポテンシャルが高いことはもちろんですが、その魅力を損なうことなく、外から見たら築120年の古民家を快適な居住空間に生まれ変わらせた手腕は見事というしかありません。そして、この古民家を後世に残そうと考えた持ち主(施主)の決断もまた素晴らしく、心の中でお二人に拍手を送っていました。
昼食を挟んで午後に訪れたのは、浜松市天竜区(旧天竜市)にある「秋野不矩(あきのふく)美術館」です。

どこに行くか尋ねなかったので、私は着くまで行き先を知りませんでしたし、美術館の名前を聞いてもまだピンと来ませんでした(笑)しかし建物が目の前に現れると、流石に誰の設計か分かります。建築史家であり建築家の藤森照信(共同設計:内田祥士)が設計し、1998年にオープンした美術館でした。
日本画家・秋野不矩は旧磐田郡二俣町(現浜松市天竜区二俣町)出身で、1991年に文化功労者顕彰を受けたこともあり、天竜市(当時)の文化施設整備計画と合致し、美術館の建設プロジェクトが進められました。


建物は鉄筋コンクリート造ですが、屋根部分は木造で、外壁は藁を混入した着色モルタル塗りという素材感たっぷりの意匠です。斜面に建っているため、巨大なコンクリート壁で支えられているのですが、その上に杉板を張ってコンクリートを隠し、梁に見せた木材が等間隔で突き出しています。素人が見たら木造建築に見える仕掛けで微笑ましいのですが、自然素材を駆使し、大地に根を生やしたような建築は迫力がありました。


展示室は靴を脱いで裸足(スリッパ)で鑑賞するようになっています。美術館には珍しい形式ですが、私は吉田桂二設計の坂本善三美術館(1995年/熊本県小国町)でも体験済み(こちらは全館畳敷き)。所蔵品展の時は入館料310円なのですが、この日は「京都の日本画」という特別展が開催されていて1000円でした。日本画もじっくり鑑賞しましたが、どうしても興味は建物の方に向いてしまいます。建築ツアーなので(笑)
開館20周年記念事業として設計された、ツリーハウス型の茶室「望矩楼」も存在感を放っています。

藤森照信氏は日本近現代建築史を専門とする建築史家ですが、故郷の長野県茅野市で神長官守矢資料館(1991年竣工)を設計したのを皮切りに、現在では大小40以上の建築を手掛ける建築家になっています。2作目に自邸のタンポポ・ハウス(1995年竣工)を設計しますが、同時期かそれより前に秋野不矩美術館の設計に取り掛かっています。まだ建築家としては駆け出しでしたが、秋野不矩自身が各地の建築を見て回り、藤森設計の神長官守矢資料館を気に入って天竜市に推薦したそうです。
最後に「本田宗一郎ものづくり伝承館」を訪れました。オートバイと自動車で世界に名を馳せるHonda(ホンダ:本田技研工業)の創業者・本田宗一郎も旧磐田郡(現浜松市天竜区)出身です。

建物は国の登録有形文化財に登録されている旧二俣町役場を改装したもので、展示スペースは広くありませんが、オートバイを中心に彼の業績・功績を見ることができます。


ホンダは補助エンジン付自転車の製造からスタートし、不朽の名作「スーパーカブ」を生み出しました。日本の偉人としても語られる本田宗一郎については説明不要ですが、二輪ロードレースの世界最高峰であるMotoGP(モトジーピー)と、四輪ロードレースの世界最高峰であるF1(エフワン)の両者にエントリーするメーカーは他にありません。そして、浜松にはホンダの車が多く走っていました。
ツアーが終わると浜松駅まで送ってもらい、駅前の居酒屋で反省会ならぬお別れ会。次回は福島で、いや横浜でといった話も出ましたが、大石さんの古民家再生を見せられた後では腰が引けます(笑)

「吉田桂二の木造建築学校」を始めた2003年以前から、桂二さんは請われれば地方で私塾を開いていました。静岡県袋井市の鈴木さんを発起人とした勉強会はその数年前に開催され、浜松エリアに桂二さんの外弟子が大勢生まれます。卒業資格を与えられた生徒の中から、希望者は東京の「木造建築学校・匠組」に通いました。全国から集まったレベルの高い生徒が腕を競い、桂二さんとの会話や何気ない言葉に力をもらう幸せな場所だったはずです。
講演会、同窓会、建築ツアーという2日間、桂二さんを師と仰ぐ同志たちに囲まれ、私も初心に帰ることができたように思います。
岸 未希亜
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