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2012.08.14 / よもやま話

・・・に引かれて善光寺詣り

お盆休みに東京駅から新幹線に乗るのは、子供の頃以来でしょうか。
国民大移動のこの時期に果たして自由席で座って行けるのだろうか、と不安な気持ちを抱えながら、早めに東京駅へ向かいました。普段の東京駅に比べると確かに乗車待ちの列は長かったのですが、立錐の余地もないというほどではなく、予定の1本前の列車で十分に座ることができました。

ここ数年、何度も訪れている長野は自分にとっては馴染みの場所です。しかし仕事で来ることばかりなので、名所を訪れることはほとんどありません。実に勿体ない話です。この日も新しい住宅計画の打合せで来た訳ですが、少し時間が取れたので善光寺を訪ねることにしました。

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長野駅の西口は「善光寺口」と呼びます。駅前は商業ビルが建ち並び、賑やかな様相を呈していますが、善光寺は長野駅の真北、約2キロの至近距離にあります。明治21年の長野駅開業の際、「弥陀の十八願」にちなんで、善光寺本堂から十八丁(約2km)の場所に駅を建設したそうです。
中央通りと呼ばれる表参道に入ると、緩やかな登り坂の先に善光寺の仁王門が見えます。その奥に、山門、さらにその奥に本堂の頭も見えています。

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善光寺が近づくにつれて、表参道は近代的な町から歴史的な町並みへと変わっていきます。新しい建物も景観を守るような造りをしていて、善光寺詣りの気分を高めてくれます。

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仁王門です。宝暦2年(1752)に建立された門ですが焼失してしまい、大正7年に再建されています。

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次に現われるのが山門です。寛延3年(1750)に建立されており、高さが約20メートル、巾も約20メートル、奥行き約8メートルという入母屋造りの堂々たる楼門で、国の重要文化財に指定されています。

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急勾配の階段で楼門の2階に昇ると、仁王門とその手前の仲見世、駅周辺のビルなどが眺められました。

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そして善光寺本堂。平安時代後期の書物に示された縁起伝説によれば、善光寺の創建は644年ということで約1400年前にも遡ります。本堂は何度か焼失し、宝永4年(1707)年に現在の本堂が再建されました。本堂は間口約24メートル、高さ約27メートル、奥行は何と約53メートルもある巨大建築で、国宝に指定されている木造建築の中では3番目に大きいそうです。(恐らく1、2位は東大寺大仏殿、姫路城天守でしょう)
建物は入母屋造りの屋根をT字型に組み合わせた「撞木造り」と呼ばれる構造で、屋根は檜皮葺き、江戸時代中期の建築技術の力量の大きさを示す見事な建物です。
阿弥陀如来と縁を結ぶことで極楽往生が叶うとする善光寺信仰は古くから広まり、宗派によらず全ての善男善女を迎え入れてきました。一人でも多くの人が内陣に入って結縁が得られるようにとの考えで、巨大な本堂が造られたようです。今なお語り継がれる「遠くとも一度は詣れ善光寺」という言葉が胸に響きます。

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訪れたのはお盆前の8月12日だったので、境内には矢倉が組まれ、数多くの提灯が下がっており、賑やかな盆踊りの情景が想像されました。

今回、仕事に導かれて善光寺を参詣した訳ですが、自分も家族や両親の健康を祈って手を合わせ、お守りを買って帰りました。牛に引かれたお婆さんが信心深く生まれ変わったのと、どこか似ています(笑)

岸 未希亜

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