loading

  1. home
  2. ブログ

2016年08月16日

藤沢N邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「藤沢市N邸」の見どころを紹介します。
最大の特徴は、一つの敷地に同時に2棟の家を建てていることです。法的には一つの敷地に1棟しか建てられないので、正確に言えば敷地を半分に分けているのですが、境界にブロック塀を立てるような野暮なことはしません。あくまで一つの敷地に2棟の家があるかのような、緩やかな外構計画です。
knkz1.jpgknkz2.jpg

ここに建っていた家は、部屋の南側に縁側を回した日本家屋で、増築された応接間や客間とも廊下で繋がれ、2棟の間には池が造られていました。さらに敷地の奥、家の南側には日本庭園があって、小さな森のようになっていました。この想い出深い庭は、2つの家で共有するようにそのまま残し、どちらの家の中からも、以前の家と同じ景色を望むことができます。

兄弟でも生活スタイルや細かな要望は異なるため、両者の間取りは同じではありませんし、細部も違う所はあります。しかし、2棟の家は違和感なく並んでいます。

knkz3.jpg

調和の取れた姿になっているのは、外壁をはじめとした外部の仕上げ、屋根の勾配や下屋庇の構成、戸袋のある雨戸サッシ、布団干し専用のミニバルコニー等、統一された要素で造り上げられているからです。

親子や兄弟で隣り合って住宅を建てる場合でも、各々の好みで全く違う家にしてしまうことが珍しくないご時世ですが、向こう三軒両隣の家ぐらいは気にして、周りとの調和を考えてほしいと思います。もっとも、周囲と調和させようもないぐらい、日本の住宅地は酷い有り様になっている訳ですが、それでも家の外観を私物化するのではなく、公的な感覚を大切にして考えたいものです。施主本人よりも、周りの人の目に触れる時間の方が長いとさえ言えるのですから。

さて、室内のことにも少し触れましょう。長い人生経験のある建て主には、「こうしたい」という想いが強くありましたので、プランに関してはご要望に素直に従いました(笑)
私からの提案は、2階への昇り降りが楽になるように、階段に使うスペースを普段より広くして、回り段を減らしたり無くしたりした上で、蹴上寸法(高さ)を180に抑えたことです。今は何の心配も無いほどお元気ですが、将来もできるだけ2階を有効に使ってもらいたいと思っています。

knkz5.jpg

寝室のドア、収納の引き違い戸、階段に面した廊下の腰壁に輸入壁紙を使いました。英国のHARLEQUIN(ハーレクイン)のFOLIAコレクションから選んだもので、大きな花弁が咲き乱れる躍動的なデザインながら、落ち着いたモノトーン色で抑えを効かせ、この家によく合っています。

knkz4.jpg

キッチン背面には家具造りの食器棚、廊下には扉付の本棚があります。家具屋さんが無垢の木で造る扉や引出しは、工場で丹念に仕上げを施しているので、とても綺麗です。また、旧家で使われていた材料も幾つか再利用しました。階段の親柱に転用したのは、かつて床柱だった辛夷(こぶし)皮付丸太です。葉の形をした襖の手掛けも味わいがあります。

LDKを見てみると、どちらもキッチンは壁向き独立型。子供と暮らす訳でもないので、リビングに吹抜けもありません。開放感よりは落ち着ける空間を指向していますが、それでいて、大きな窓を通して庭との繋がりは強く感じられます。また、3帖の勝手口収納や4帖の納戸、複数の押入など、収納は多過ぎるぐらいですが、「物持ち」の方にはこれぐらい必要かもしれませんね。
子育てを終えたご夫婦の「終の棲家」としても、きっと参考になると思います。

岸 未希亜

Go to top

2016年08月13日

お盆休みも営業しています。

お盆休みの期間中も、コンセプトハウスは休まず営業しております。(水曜定休)

8月13日~21日の間に、コンセプトハウスをご見学の方に弊社掲載の書籍(和風住宅・和モダン・モダンリビングのいずれか)を1冊プレゼントいたします。

お盆休みを利用して、ぜひご見学ください。

Go to top

2016年08月12日

雑誌掲載のお知らせ

今年も「和風住宅」に、当社で建築した住宅が掲載されました。

wafu211.jpg

奇遇なことに今号の特集は、真田家の歴史を今日に伝える貴重な御殿建築の「真田邸」です。私が先日のブログで紹介した、真田氏の城下町「松代」に残る建物ですので、興味のある方は、この記事も併せてお読みください。

さて、掲載されたのは、今年の2月に完成見学会を行った住宅です。まだ記憶に新しいので、覚えている方も多いのではないでしょうか。

wafu212.jpg

西側に裏山が迫り、東側に川沿いの田園風景が広がる長閑な場所に、森を背にひっそりと建っていた築100年の古民家の建て替えでした。古民家は相当に傷んでおり、冬は外気温と同じくらい寒く、田園に開く形で東向きに建っていたため、日中も薄暗いことが問題でした。それらの問題を解消することはもちろん、これまで通り、周囲の風景に溶け込むような住宅が求められての計画でした。

wafu213.jpg

「この家以外に住んだことがない」という建て主の言葉を受け、また建て主の年齢を考えても、今さら2階建てにする必然性はなく、当然ながら建て替える家も平屋になりました。
風通しを阻害する「中廊下」は無くしましたが、ダイニングとキッチンを一つにしてリビングは別にする等、できるだけ旧家の面影を残すことで、ご夫婦の身体に馴染む間取りにしています。

wafu214.jpg

また、旧家で使われていた7寸角の大黒柱や、大阪格子戸(障子を取り外しできる格子戸)を再利用した他、室内から眺める景色についても、旧家の記憶を新しい暮らしの中に継承しました。
この住宅は「旧家の記憶を留める平屋の家」として、近日中にホームページの「事例紹介」に加わります。お楽しみに。

岸 未希亜

Go to top

2016年08月09日

夏の体感会 開催しました。

8月6日(土)7日(日)と「夏の体感会」が開催されました。
その中のイベントとして、6日に「木工教室」、7日に「アロマの虫除け」づくりを行いましたので、その内容を簡単にご紹介します。

イベントに参加された方は、DMでイベントを知ったオーナーの方や当社で建築を検討中の方、地域誌の情報を見られた方などさまざま。
年齢も小さなお子様から幅広くご参加いただきましたが、みなさん和気あいあいと楽しくご参加いただきました。

≪木工教室 スルーツ作り≫
今回の講師は、内山大工、橋本大工の若手2人と家具職人の山上さんが勤め、日ごろ図面を描いているスタッフや体験入社の大学生A君にも手伝ってもらいました。
材料は神奈川県産の杉を使用、3種類の板からノコギリでパーツを切り出して、釘で組み立てます。
IMG_91340001.jpg

みなさん本当に熱心に取り組んでいましたが、お子さんの作業をお父さんが手伝ったり、家族で協力しながら進める姿が印象的でした。
IMG_91640001.jpg
途中、こだわりの果汁シロップをかけたかき氷を食べていただき、休憩を挟みながらの作業でしたが、カンナで丁寧に角を削ったり、サンドペーパーで仕上げたり、みなさんとても仕上がりにこだわり、予定の時間を超えて頑張っていただきました。
とても暑い中、お疲れさまでした。
IMG_91610001.jpg

≪アロマの虫よけ作り≫
aroma2.jpg

夏の体感会2日目に、アロマの虫よけ作りを開催しました。
一般的な虫除けスプレーにはディートと言う農薬に近い成分が入っており、人体に害はありませんが、小さいお子さんなどは1日の使用限度があります。そこで今回は、植物のチカラを拝借し、自然療法として体に取り込むアロマを使用しての虫よけ作りを企画しました。
アロマを使うとあって、小さなお子様連れの方が沢山参加してくださり、2本のスプレー作りを楽しみました。
1本は、シトロネラ、ペパーミント、レモングラス、ゼラニウム、ユーカリ、ティートリー、ラベンダーなどの虫よけの効能をもったアロマオイルに、好きな香りをブレンドして自分だけの虫よけを、もう1本は、リフレッシュリラックス用スプレー。
参加者の皆さんは、沢山のアロマオイルを目の前にして、何度も匂いを確認しながら、自分の好みの香りを無心になって探していました。
aroma.jpg

今回はお子様の参加が多かったので、先生がおまけでバスボム作りもしてくださいました。バスボムの材料を袋に入れてモミモミ。
それをスーパーボールの入った容器に入れ固め、飾りをちりばめて完成。バスボムは、お風呂に入れてシュワシュワ溶けた後に、スーパーボールがでて来ます。みなさん、ご自宅でお風呂にいれて楽しんだことでしょう。
IMG_5181.JPG

Go to top

2016年08月05日

体験入社

H28.8.2B.jpg

長かった梅雨期も終わり、夏本番となりました。体調管理に万全を尽くしたい所です。
さて、今夏当社では、お二人の体験入社をお受けすることになりました。一人は、地元にお住まいの女性の方で、既に業務経験をお持ちの一級建築士の方です。会社勤務と在宅勤務の併用にチャレンジしたいとのことです。もう一人は、京都にある建築専門の大学を来春卒業予定の方で、当社への新卒入社を検討中です。

3F27B602-1662-4ED6-BA43-9BED4C3F1833.jpg

当社は、"家づくりに対する考え方"を同じくする方々には、なるべく就業の機会を設けさせていただきたい、という基本的な考え方を有しています。
住宅の新築戸数こそは、今後漸減することが見込まれていますが、"家づくり"に関する仕事は、"家守り"という概念を加えることにより、成長産業と位置づけることも可能であり、何といっても、お客様と前向きな喜びを分かち合える夢のある仕事です。エコロジーを考えるグローカル(Think Globally , Act Locally)な当社に関心をお持ちの方は、お問い合わせ下さい。

下平 勇
H28.8.2.jpg

Go to top

2016年08月03日

多治見の家 その1

ブログでも度々書いています通り、主に他県で設計の仕事を受けているアースデザインオフィスは、2009年末からの6年半で22棟、現在は23棟目の設計を進めているところです。これまで営業活動をほとんどしていないにもかかわらず、過去のご縁やエアサイクルグループを通じた紹介等で、多くの仕事をいただけたことに私自身も驚いていますし、感謝しています。今後は少しずつ宣伝にも力を入れようと思い、今夏、写真家の山田さんと一緒に幾つかの住宅を撮影しに行って来ました。

tajimi11.jpg

この家は、2012年に竣工した岐阜県多治見市の住宅です。建て主は、エアサイクルグループに加盟している早川工務店の社員(社長の長男)で、フクビの営業担当者から私のことを教えられ、ご家族で藤沢にある当社コンセプトハウスにお越しくださいました。建物はもちろん、私のパーソナリティも気に入ってくださったようで(笑)、帰ってすぐに設計依頼の連絡をいただきました。

埼玉県熊谷市と並んで「日本一暑い町」として知られる多治見市。早川さんの希望は、改めてエアサイクル工法をアピールできる家を造り、住宅を検討しているお客様を自宅に招いて、直に見て感じてもらうモデルハウスにすることでした。そのため、ご家族からの要望は控えめに、工務店の家づくりを示していくような内容を中心に、大きく3つの要望をいただきました。

一つ目は大きさ(面積)。40~45坪の住宅が多いという土地柄を考慮し、4人家族(5人家族になることを想定して3つ目の子供部屋も用意)にとってはゆとりのある42坪弱の住宅として設計しました。

二つ目は住宅の中に美濃焼(陶器)を生かすこと。多治見市は土岐市と並んで美濃焼の中心地であるため、地域の特色を出すためにも、タイルや洗面器に美濃焼を使うことを考えました。

三つ目はデザインや質感にもこだわること。同社の大工技術を活かしながら、もっと幅広い世代に受け入れられる住宅として、当社のコンセプトハウスのようなデザインを望まれました。

tajimi12.jpg
tajimi13.jpg

建物は、玄関・リビングとガレージを一体にした下屋、水回りと勝手口をまとめた板壁の下屋が、2階建て部分を挟みこむ構成です。ダイニングの大きな窓は全開サッシなので、室内とデッキが繋がります。

tajimi14.jpg

全開サッシの内側には戸袋を作り、障子を引き込めるようにしました。障子は断熱効果が高く、障子紙を通すと光が柔らかく拡散し、より明るく感じます。

tajimi16.jpg
tajimi15.jpg

前述の通り、リビング、ダイニング、キッチン、和室が独立性を持ちながらも繋がりのある間取りで、和室の襖を引き分けると、1階のリビング空間は31帖以上の広がりです。キッチンの袖壁に貼っているボーダータイルは、美濃焼タイルです。

tajimi17.jpg

奥に見える共有スペースが3つ目の子供部屋ですが、先日4人目が生まれたので部屋が足りません。でも、上手に部屋を使い回せば何とかなるでしょう(笑)

ご家族は、当時30代前半のご夫婦と保育園に通う2人のお子様。生活面での細かな要望はありましたが、「後は岸さんにお任せします」と自由に考えさせてもらえたので、伸びやかな空間が実現したと思います。実際に暮らしているモデルハウスは説得力も十分なようで、この後にも4棟の住宅を設計しています。

さて今週末、神奈川エコハウスでは「夏の体感会」を開催します。8/6(土)の「住まいの教室」第二部のテーマは「隅々までデザインされた住まい」ということで、アースデザインオフィスの設計事例も詳しく紹介します。オーナーの方や建築中の方でも、興味があれば、どうぞご参加ください。

岸 未希亜

Go to top

2016年08月01日

フリーマガジン「海の近く」

「海の近く」というフリーマガジンをご存じでしょうか。今年の4月に創刊され、6月からは毎月発行になっています。海辺の暮らしを楽しむ人のためのフリーマガジン、オイシイモノを中心に、人、住まい、アートなど日々の暮らしがますます楽しくなるような情報を提供するというコンセプトの雑誌です。実は、このフリーマガジンは、当社の向かいにある湘南T-siteが企画してできた雑誌です。しかし、湘南T-siteの情報は載せるものの、広告色はあまり出さず、全体としても広告の割合を抑えています。一般的にフリーマガジンは、広告の塊のようになりがちですが、しっかりとした内容で保管してもらえるような雑誌をめざすという方針なのです。
umichika.jpg
当社は湘南T-siteの方と以前からお付き合いがあった関係で創刊前にご相談をいただき、編集方針にも共感したので創刊号から継続して広告を掲載しています。掲載場所は目次横の1ページです。表紙をめくって一番目立つところですから、目次とのバランスも考えたデザインとしています。メインは当社が大切している「くらしの景色」というコンセプトと写真1枚で、とてもあっさりとしています。「くらしの景色」は、なかなか言葉だけでは理解しにくいのですが、毎月写真を見ていただいた方には、そのイメージを感じ取っていただけると思いますし、雑誌の一部として写真を楽しんでいただきたいと思います。
大変好評なようで、設置店は湘南T-siteはもちろん、湘南エリアを中心に毎月増えています。8月号も配布スタートしましたので、見かけた方はぜひ手に取ってみてください。今月の特集は「美しき亜細亜冷麺」です。
当社でも8月号をお配りしていますし、少しですがバックナンバーも全号ありますので、ご希望の方はお問合せください。
表紙・裏表紙の写真など、メインの写真は位田明生さんという雑誌業界では有名な写真家にお願いしているそうで、毎号表紙はとても魅力的で目を引かれます。
4月号「週末は海辺のマルシェへ」
6月号「サンドイッチを持って、海へ」
7月号「まるごと一冊冷えてます」
umichika2.jpg
こちらは7月号の内容、8月号も夏らしい風情のある1枚を選びました。お楽しみに。
高橋

Go to top

2016年07月29日

美しい組子細工

長野で建築予定の庫裡(寺の住居部分)の設計が終わりました。アースデザインオフィスで約1年半前から計画を進めてきましたが、建て主がお忙しいため検討期間も長く、設計変更も何度かありましたので、この間ずっと設計していたという訳ではありませんが、これで一区切りです。
打合せに通っている中で、凄いモノを見せてもらったので、皆様に紹介します。

kumiko1.jpg

これは組子細工(くみこざいく)です。一般住宅ではほとんどお目にかからない代物ですが、地方の本格的な和風住宅では、障子や欄間の建具に、こうした精緻な細工を施した組子が見られます。障子の組子といえば、竪の本数や横の本数を加減したり、等間隔にするか吹き寄せにするか、シンメトリーを崩すか等、基本的なデザインはすぐに思い浮かびます。しかし組子細工の建具は、デザインが多種多様で驚くほどです。

kumiko2.jpg

これは、長野市篠ノ井に栄建具工芸を構える横田栄一さんのご自宅にある組子欄間です。和室の続き間で、部屋境の襖の上に造られるものなので、現代の住宅では欄間そのものが見られなくなっています。

横田さんは小諸市の家具職人の家に生まれ、職業訓練校で木工を学んだ後、16歳から8年間を住み込みで建具の修行に励むなか、「建具職人として一番高い所を目指すとしたら、組子ができる職人だ」と25歳で独立。当時は考えられなかった組子細工のマーケットを開拓し、現在は仕事の7割が文化財の修復というほど、この世界の第一人者として活躍されています。
横田さんは、これから庫裡を建築するお寺の檀家で、工務店の社長とも親しい間柄なので、庫裡の建具製作をしていただきます。組子細工の建具は2ヶ所の欄間だけですが・・・(笑)

kumiko3.jpg

これは内閣総理大臣賞を受賞した組子細工の建具です。内閣総理大臣賞を受賞すること4回、黄綬褒章も受賞している現代の名工で、テレビ番組に出演したこともあるそうです。

kumiko4.jpg

全体像では分かりにくいですが、寄っていくとその凄さが分かります。

kumiko5.jpg

これは別の障子ですが、さらに近寄ってみると、精緻な細工がされていることに驚きます。小さく切った木片を組み合わせてはめ込んでいく作業は、気が遠くなりそうです。

kumiko6.jpg

このように、組子細工で絵を描くこともあります。彩色されていますが、塗装ではなく樹種の違いで色を出しており、千曲川と信州の山並みを表現しています。

kumiko7.jpg

杉、檜、青森ヒバ、欅、春椿、神代杉、神代桂、神代栓など樹種を変えながら、組子の形も変えながら絵を描くというのは、いったいどのような思考回路なのでしょうか。私には分かりません(笑)
兎にも角にも、至高の技術を持った職人の仕事を近くで見ることができるので、とても楽しみです。

岸 未希亜

Go to top

2016年07月22日

真田家の居城(信州の町3)

今年のNHK大河ドラマ「真田丸」をご覧になっていますか。草刈正雄が演じる真田昌幸に、初回からぐいぐい引き込まれましたが、小日向文世が演じる豊臣秀吉、高島政伸が演じた北条氏政も印象深いですね。

さて、アースデザインオフィスの仕事で長野に度々出張しているので、真田氏の拠点である上田と松代(まつしろ)に行って来ました。ドラマを見ると、上野(群馬県)の沼田城や岩櫃城も重要拠点ですが、信州の町シリーズ第三弾を兼ねている今回は省略です(笑)

ueda1.jpg

真田家の家紋の一つ「六文銭」は、三途の川の渡し賃として棺に入れるもので、「生きて帰らぬ」という強い意志を表していると言われます。「真田の町」をアピールする上田駅にも六文銭が描かれていました。

上田城(上田市中心部)の北東、現在は上田市に合併されていますが、以前は小県郡(ちいさがたぐん)真田町と呼ばれた地域が真田氏の郷です。武田家の家臣だった真田家は、武田家の滅亡により織田政権に組み込まれ、本能寺の変で織田信長が死ぬと徳川、上杉、北条による旧武田領争奪戦に巻き込まれますが、真田昌幸(信幸、信繁の父)が、大名不在の小県(ちいさがた)で国衆の総大将になり、智謀を駆使して諸大名と渡り合います。昌幸の謀略家ぶりはドラマでも面白く表現されていますね。

こうして1583(天正11)年、徳川家康の命を受け、上杉氏に対する徳川氏の最前線基地として上田城が築かれます。これは、千曲川領域に勢力を延ばしていた真田家にとっても必要な城で、「昌幸が家康に造らせた」と見ることもできます。

ueda2.jpg二の丸堀跡は遊歩道になっていて、市街地となった三の丸との間を隔てています

ueda3.jpg二の丸には上田市立博物館や運動場があり、一角には大河ドラマ館がオープンしていました。朝から観光客も多くいます

ueda4.jpg東虎口櫓門。天守のない上田城ではここが一番の見せ場です。南北の櫓(やぐら)は民間払い下げで遊郭に使われ、戦後に移築復元されました。城門は1994年に復元され、かつての姿になりました

ueda5.jpg現在、城の南側は芝生の広場になっていますが、当時は本丸のすぐ南まで千曲川の川幅があり、「尼ヶ淵」と呼ばれる天然の堀になっていました。下から見上げる石垣と櫓は、迫力があります

ueda6.jpgかつては眼下に千曲川が広がっていた西櫓からの眺め

上田城は天守もなく、堀と土塁で囲まれた簡素な城ですが、2度の実戦経験(第一次、第二次上田合戦)を持ち、どちらも敵を撃退するという輝かしい戦果をあげた点で、他に類をみない名城です。しかも撃退した相手が、城を造らせた徳川軍である点は喜劇的です。そのため、「関ヶ原の戦い」後に上田城は家康によって破却され、現在残っている建物や城郭は、江戸時代の藩主である仙石氏によって再建されたものです。

ueda7.jpg
ueda8.jpg

また、上田は城下町であると同時に北国街道の宿場町として発展しました。道路が拡幅され、近代的な建物が多く建っている市街地の一部に、今も柳町という古い町並みが残っています。


再び歴史に話を戻します。「関ヶ原の戦い」を前に石田三成から書状を受け取った昌幸は、真田家の去就を決めるために父子3人で会議を開きました。ドラマではこれから放送される場面です。
父・昌幸と弟・信繁は姻戚関係のある三成率いる西軍に与し、兄・信幸は徳川の重臣・本多忠勝の娘を正室していることから東軍に付くことに決めます。父子、兄弟で袂を分かち、敵味方に分かれる決断でした。

この後、第二次上田合戦で徳川軍を撃退し、徳川秀忠を「関ヶ原の戦い」に遅れさせた昌幸と信繁には、上田領没収と死罪が下されますが、東軍に属した信幸と本多忠勝の助命嘆願により、高野山に蟄居させられました。昌幸は11年後に病死しますが、信繁(幸村)は大阪冬の陣・夏の陣で、真田丸を拠点に徳川家康を大いに慌てさせることは有名です。

その後、信之(信幸から改名)は上田領・沼田領を合わせて9万5000石の大名となり、真田家を存続させますが、1622(元和8)年、同じ信濃の松代藩13万石(後年、沼田領3万石が独立)に移封されました。これは真田家に苦しめられた秀忠の嫌がらせとも言われ、上田の地を追われることには信之も不服だったそうです。しかし松代藩は信之以来、明治維新まで約250年間を、真田氏10代が藩主となって治めました。

matusr1.jpg
matusr2.jpg

松代城は元の名を海津城と呼び、信濃侵攻を進める武田信玄が上杉勢に対する拠点として築かれました。かの有名な「川中島の戦い」は4度あったのですが、その第3回と第4回の間に造られた城です。2004年に復元された太鼓門、堀、石垣などがあるものの、現在の松代城には見るべきものがありません。

matusr3.jpg
matusr4.jpg

城跡よりも藩校であった文武学校の方が有名で、1855(安政2)年に開校した藩校が、完全な形で現在に残っている稀有な例だそうです。他にも城下には真田家の私邸として使われていた真田邸、家臣の住宅などが保存されていて、真田家10万石の城下町として、今日も静かな佇まいを見せています。

matusr5.jpg
matusr6.jpg

また幕末には、兵学者として幕府の要職に就く傍ら、思想家として吉田松陰らに影響を与えた佐久間象山を輩出しました。象山の生家跡地には、知識と学問の神様として象山神社が建てられ、象山が居住し、高杉晋作や多くの志士と議論・密談を重ねたという高義亭も残されています。

調べていると、松代と藤沢に縁があることも分かりました。昭和初期、松代藩の旧藩邸が藤沢市片瀬の龍口寺に移築され、現在も大書院として使われているのです。信州に行かなくても、すぐ近くで真田家の歴史に触れられるのは驚きですね。

sanada.jpg

しかし今年はぜひ、真田家の足跡を訪ねてみてください。信州は今、空前の「真田丸」ブームです。

岸 未希亜

Go to top

2016年07月13日

藤沢M邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「藤沢市M邸」の見どころを紹介します。

建て主は、初めに大手ハウスメーカーへ行きましたが、室内に本物の木を使う希望は叶いませんでした。次に木の家をつくる工務店で計画を進めましたが、納得できないことがあって計画がストップしました。そんな時、知人の紹介で当社の存在を知り、コンセプトハウスにご来場くださったのが昨年の10月です。
その日はたまたま、他のお客様を自邸に案内する日だったので、急きょM様にも一緒に来ていただきました。建てようとしている家と私の家では規模も形も違いますが、少々変わった建物ですし、妻が質疑応答をしたりして、好印象を持ってもらったのではないかと思います(笑)

建て主の希望は平屋で、これまで他社で進めてきたプランも見せてもらいました。オーソドックスな細長い長方形の建物で、プランも特別に悪い訳ではありませんでしたが、敷地に立ってみると、その長方形がしっくり来ない感じがありました。
その理由は幾つかあって、方位が斜めに振れていて建物の正面が南西を向く点、敷地が五角形のため、西隣りの家の窓が視界に入り、こちらを見られているように感じる点、北側隣地に建つ3軒の家が境界に迫って建っていて、非常に圧迫感のある点が挙げられます。
そこで平面を「くの字」に折った建物を提案。初めは建て主も驚かれたと思いますが、私の説明を聞いて納得してくださったようで、細部を変更した第2案が現在のプランです。

mtk1.jpg

長方形の平面ではリビング、ダイニング、和室が横並びになってしまい、人の距離を遠く感じてしまうところですが、斜めに折れる空間の広がりと一体感には絶妙なものがあります。また、杉のタイコ梁が3本架かるリビング空間は、平屋ならではの勾配天井で、大きな開放感が感じられます。
裸足での生活、床に座る生活を好まれる奥様の希望で、リビングには縁なしの目積畳を埋め込んでいます。隣には小上がりの和室があって、ちょっと変わった「続き間」になりました。

mtk2.jpg

ダイニングテーブルは、樟(くす)の1枚板を使った逸品。当社の家具屋さん(無垢の会)が脚を造って丁寧に仕上げた、この世に一つしかないテーブルで、この空間にもよく合っています。一方、ステンレスの対面フラット型キッチンはモダンな装いですが、これまた開放性の高いこの家に合っています。

家の外に目を向ければ、「くの字」にすることで敷地に余白が生まれ、北側にも木を植えて庭を作る予定です。北側にある和室と主寝室からは、敷地内の庭に加えて隣家の広い庭も借景することができます。

外構工事中なので、外観はまだお見せできませんが、当社では珍しい濃色の外壁と「寄棟屋根」になっています。寄棟は、小屋組みを室内に現わすことや、エアサイクル工法には不向きなため、普段はあまり採用しませんが、プロポーションの美しい平屋との相性は良く、軒が水平に回る姿には風格が感じられます。
130坪もある恵まれた敷地、その敷地に馴染ませた「くの字」の平屋は、一見の価値があるお住まいです。

岸 未希亜

Go to top

2016年07月07日

10年ぶりの福井

毎年この時期に、フクビエアサイクルチェーン全国工務店大会が開かれます。例年は東京で行われるのですが、今年はフクビの本社工場がある福井県福井市で開催され、社長と一緒に参加して来ました。
初日はホテルの会場で表彰式、報告会、講演会、そして懇親会があり、2日目はフクビ本社工場とエアサイクル実験棟を見学しました。

fukui1.jpg
fukui2.jpg

2棟の実験棟は32年前に建てられたものですが、次世代型エアサイクル工法と在来木造の高断熱高気密工法を比較検証するため、建物をリニューアルしています。建築家の中西ヒロツグ氏が設計したエアサイクル棟は、ガルバリウム鋼板の外壁が目を惹き、見た目で差を付けている印象もありますが(笑)、パッシブデザインを取り入れた次世代向けの設計提案になっていて、実験の検証結果が楽しみです。

午後は、エアサイクルグループの工務店と別れて、福井県で素晴らしい家をつくり続けている「住まい工房」を訪問しました。住まい工房と当社の間には、浅からぬ縁があります。

当社がエアサイクル工法(当時PAC工法)を取り入れるようになった30年余り前、住まい工房の前身である福井ハウジングもPACグループに所属していました。当時の当社社長(現社長の父)と住まい工房の現会長は、グループ内で親交を深めながら、切磋琢磨していたと聞いています。
そのグループを通じて建築家の吉田桂二氏(私の師匠なので以下、桂二さん)と交流するようになった両者は、少し違ったアプローチで桂二さんとの関係を深めていきます。

当社は、桂二さんをセミナーの講師に招きながら、建築家との家づくりを望まれるお客様を紹介し、一つの工務店としては最多になる8棟の住宅を施工しました。基本計画の過程、図面、現場での指導を通じて「吉田桂二の家づくり」を学び、今日の礎にしています。

一方、福井ハウジング(当時)は、桂二さんが考案した「無限定空間の家」の施工者に名乗りを挙げ、この実験住宅を完成させました。
そして竣工までの期間、月に1回訪れる桂二さんにお願いして、全社員を集めた勉強会を開催したのです。それは「吉田桂二の木造学校」が始まる約15年も前のこと。同社はその後も桂二さんを招いての勉強会を続けるなど、設計力はもちろん社員教育にも磨きをかけ、今日の「住まい工房」をつくり上げました。

私自身は、連合設計社在籍時の2006年、住まい工房からの依頼で南越前町の今庄(いまじょう)に1棟の住宅を設計させていただきましたが、同社を訪問するのは、それ以来10年ぶりのことです。今回は、実際に建て主が暮らしている家を2軒、街中のモデルハウスを1軒見せていただきました。最近、吉田桂二賞やチルチンびと住宅建築賞(工務店設計者部門)を受賞するなど、以前にも増して設計施工力が磨かれていることは知っていましたが、それを実感することになります・・・

一つは、北側が公園に接する恵まれた環境を活かした、伸びやかな住宅です。

fukui4.jpg

物置や自転車置場、薪ストーブの薪置場も一緒に計画されていて、統一感が取れています。室内は柱を隠したモダンな空間で、10年前とは違う、新しい住まい工房を見ることができました。

もう一つは、期間限定のモデルハウスとして計画された建売住宅です。

fukui5.jpg

準防火地域ということもあり、ケラバを無くした防火仕様の箱型の外観が印象的な建物で、隣には同社が施工したお客様の家が建っており、統一感のある町並みを形成していました。

最後の家は床面積100坪の大邸宅で、どっしりとした風格のある和風住宅です。

fukui6.jpg

室内の撮影は遠慮しましたが、そこには見事な空間が連続していました。吉田桂二の外弟子としては右に出る者がいない、山祐三さん(住まい工房)の真骨頂を見た思いです。この規模の住宅をまとめ上げる力と、この大きな家を任される会社の信頼性に舌を巻き、素直に感心する他ありませんでした。

環境や条件が異なるとはいえ、地域工務店としての取り組み、その施工例を目の当たりにして、大きな刺激を受けて帰って来ました。まだまだやることがたくさんある、そんな感じです。

岸 未希亜

Go to top

2016年06月25日

大人の修学旅行2

職人さんとの「大人の修学旅行」をレポートする第二弾です。
初日、郡上八幡から名古屋に向かい、市内の宿に入る前に少し時間が取れたので、熱田神宮に行きました。境内は広く、参道も広いのですが、鬱蒼とした木々によって薄暗くひんやりとした空気が流れ、荘厳な雰囲気を感じました。

atsuta1.jpg
atsuta2.jpg

熱田神宮は、三種の神器の一つである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を祀る神社で、伊勢神宮に次いで権威ある神社として栄えました。織田信長が桶狭間の戦いの前に戦勝祈願したことでも知られています。

atsuta3.jpg

創建は西暦に換算すると113年と古いのですが、戦災によってほとんどの施設が焼失してしまったため、昭和30年に再建されています。本宮は伊勢神宮と同じ神明造りで、屋根は銅板葺きです。2013(平成25)年に創祀1900年の慶節を迎え、大屋根の葺き替えが行われたり、授与所・神楽殿が新しく造営されました。建物は戦後のものなので、文化財等には指定されていません。

翌日は、愛知県北部にある犬山城へ向かいました。犬山城の天守は現存12天守の一つで、姫路城、松本城、彦根城、松江城と並んで国宝に指定されています。

inuyama1.jpg

犬山城は、木曽川に面した高さ40mの丘に建つ平山城(ひらやまじろ)で、「白帝城」という別称があります。木曽川を背にした一番奥の断崖上に天守・本丸を築き、南側に雛段状に縄張り(階郭式縄張り)を形成しているのですが、これを兵法では「後堅固(うしろけんご)の城」と呼んで、平山城の理想とされています。この日は小雨が降っていましたが、最上階の望楼から眺める木曽川と対岸の景色は迫力十分でした。

inuyama2.jpginuyama3.jpg

犬山城は明治24年の濃尾大震災で天守以外が倒壊、天守も大破してしまったのですが、修復を行うことを条件に、明治政府が旧城主の成瀬家に城を譲渡したため、比較的最近の2004年まで、全国でも他に例のない個人所有の城でした。現在は財団法人犬山城白帝文庫が運営管理を行っていますが、成瀬家の努力によって修復された犬山城は、正に「お殿様」の城だった訳です。

犬山城のすぐ隣、名鉄犬山ホテルの敷地内に「有楽苑(うらくえん)」という日本庭園があります。苑内にある国宝茶室「如庵(じょあん)」と、旧正伝院書院(重要文化財)をプロデュースした織田有楽斎(おだうらくさい:信長の実弟)の名にちなんだ庭園です。

urakuen1.jpg
urakuen2.jpg

有楽苑を一番楽しみにしていたのが、庭師の藤木さんです。時に解説をしてくれながらも、基本的には自分のペースでじっくりと見学していました。写真は、撮ることにばかり気を取られてしまうので、その場の雰囲気を感じることを大切にしているとの話。建築でも同じことが言えるので、写真をいっぱい撮りながら、少し反省しました(笑)

如庵は、京都建仁寺の塔頭・正伝院に設けられた茶室でしたが、明治期に正伝院が取り壊されると、如庵と書院が東京の三井家に引き取られ、さらに戦火を逃れて大磯別邸に移され、昭和45年に名古屋鉄道の所有になって当地に移築されました。非常に数奇な運命の建物です。

urakuen3.jpg
urakuen4.jpg

如庵は、京都の山崎にある妙喜庵「待庵(たいあん)」、京都の大徳寺龍光院「密庵(みったん)」と並んで国宝3名席の一つに数えられます。見学は予約制で、月に一度の公開日にしか見られませんが、外から室内を覗くことが許される珍しい茶室なので、それ以外の日でも十分に訪れる価値はあります。

最後にやって来たのは、静岡市にある久能山東照宮です。自分はその存在すら知らなかったのですが、徳川家康の遺骸が最初に埋葬されたのは日光東照宮ではなく、ここ久能山とのこと。皆さんは知っていましたか?

静岡ICで東名高速を下り、海岸線に沿って車を走らせると、静岡平野の一角に標高216mの小高い山が見えてきます。遠くからでも山上に建物があるのが分かりますが、車で山上に行くことはできません。反対側の日本平からロープウェイで行くことはできるものの、正式には表参道から石段を登ります。

kunozan1.jpg
kunozan2.jpg
kunozan3.jpg

石段の数は何と1159段。上が見えないほどの急峻で、階段がどこまで続くのか全く分からないまま、ひたすら登ります。写真を撮っては歩き、また撮っては歩き、絵になる景色の連続が嬉しくて自分は全く苦になりませんでしたが、家族と来ていたら大ブーイングでしたね(笑)

kunozan4.jpg

そんな私も、石段を909段登った所にある「一ノ門」にたどり着いた時、思わずここがゴールかと錯覚しました。振り返ると、駿河湾や伊豆半島を望む絶景が広がっていて、ひと休みです。

さらに石段を登ったその先に東照宮があるのですが、現在でも車では登れない山上に、江戸時代、どうやってこれらの建築群を造ったのでしょうか?

kunozan5.jpg
kunozan6.jpg

僅か6年前の2010年、本殿、石の間、拝殿が国宝に指定されたということで、改めてその歴史的・建築的価値が認められたようです。社殿の奥は家康の遺骸が埋葬された場所で、神廟(しんびょう)と呼ばれます。当社は小さな祠(ほこら)だったそうですが、三代将軍家光により、現在の石塔が建てられました。
ここを訪れると、己を東照大権現として神格化させた家康に畏敬の念を抱きつつ、山上での建築工事に従事した当時の職人の苦労に、思いを馳せることができます。

2日間にわたる大人の修学旅行はこれで終了。次はもっと近場で済ませるそうです(笑)

岸 未希亜

Go to top

2016年06月15日

大人の修学旅行1

先月、神奈川エコハウスの家を造る職人さん十数名と団体旅行をしました。大工さんを中心に色々な職種の方が参加しての、大人の修学旅行です。

行き先の候補は幾つかあったそうですが、愛知県北部にある「犬山城と有楽苑(うらくえん)」に行くことが決まったところで自分にも誘いが掛かり、私も希望を出してみました。初めに「犬山城に行くのなら、併せて白川郷はどうですか?」と言いましたが、遠過ぎるということで却下になり、次に「郡上八幡(ぐじょうはちまん)は?」と伝えると、これが採用になりました。
私は一度行ったことがあるものの、手元に写真が残っていないので再訪の機会を伺っていた訳ですが(笑)、初めて地名を聞く人にとっては、「それってどこ?」という感じだったと思います。

通称「郡上八幡」と呼ばれる郡上市八幡町は、JR高山本線の美濃太田駅から長良川鉄道に乗って北上する、長良川上流の静かな城下町です。

gujohati1.jpg

岐阜県内を北上して富山に向かう際は、日本三名泉の「下呂」、天領として栄えた「高山」を通るJR高山本線と国道41号線(飛騨川沿い)が主要ルートでしたが、2008年に東海北陸自動車道(長良川沿い)が全線開通したことで、東海と北陸の物流、人の流れが大きく変わっているようです。
以前に私が訪れた時は高速道路開通前で、1両か2両で走っていた長良川鉄道に乗って山奥に来た感じでしたが、今は名古屋からも短時間で来れる距離感です。厚木から東名高速を利用した我々も、約4時間で到着しました。

郡上八幡は、重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)のある歴史の町ですが、水の町、踊りの町としても有名です。特に「郡上おどり」は、7月中旬から9月上旬までの33夜を踊り抜く、日本一長い盆踊り(国の重要民俗文化財)として知られています。中でもお盆の4日間は朝まで徹夜で踊り抜くため、日本全国から約20万人の観光客(踊り人)が訪れ、小さな町は文字通り、膨れ上がります。

周囲を山に囲まれた郡上八幡は、長良川最大の支流である吉田川が町を横断し、大きく北町と南町に分けられます。吉田川には山から多くの流れが注ぐため、町の中に張り巡らされた水路には、常に天然の湧水が流れており、各所で水にまつわる風景が見られます。

gujohati2.jpg

南町の一角に「やなか水のこみち」というポケットパークがあります。

gujohati3.jpg

ここは家と家の間の涼やかな路地空間で、ほっとした気持ちにさせられます。道に敷き詰められた玉石は長良川と吉田川の自然石で、八幡町の名にちなんで8万個もあるそうです。

吉田川に沿って東へ歩を進めると、「いがわこみち」という用水があり、鯉が泳いでいました。

gujohati4.jpg

江戸時代の足軽屋敷の裏を流れる何でもない用水路で、夏になればスイカを冷やしたり、川沿いの洗濯場が近所のおばさんたちの社交場でした。町にはこうした場所が幾つもありますが、観光客が多くなった今日では、そうした光景もあまり見られなくなっています。

吉田川を渡った北町の端っこに、「宗祇水(そうぎすい)」と呼ばれる史跡があります。

gujohati5.jpg
gujohati6.jpg

環境省が選んだ「日本名水百選」の第一号に指定されたことで、全国的にも有名になった湧水で、水の町を象徴する、郡上八幡のシンボルです。
下の写真は、吉田川に架かる新橋からの眺めですが、ここも有名なスポットです。郡上八幡に生まれた子供たちにとっては、ここから川に飛び込むことが度胸試しであり、通過儀礼とのこと。しかし橋の高さはマンション5階のベランダに匹敵する12mもあり、いくら何でも高過ぎます。郡上八幡に生まれなくて良かった、と胸を撫で下ろしました。

郡上八幡で重伝建地区に指定されている範囲は、城を含めた吉田川の北側だけですが、南側にも風情のある古い町並みが残っています。

gujohati7.jpg
gujohati8.jpg

戦後には古い家が壊され、ビルや新しい家に変わってしまった所もありますが、山裾につくられた国道が町を避けているため、旧道沿いは比較的よく町並みが残っています。ここが重伝建地区であっても何ら不思議ではないくらいです。

北町には南北に走る三筋の通りがあります。西側の通りは、本町、鍛冶屋町、職人町と名を変える旧町人町で、中央の通りは殿町と呼ばれる武家町、東側の通りも柳町と呼ばれる武家町で、主に中級藩士や下級武士が住んでいました。
大正8年に北町一帯が焼失する大火事があり、復興に当たって武家屋敷跡が細分化されて町屋が建ち、現在の姿になりました。道幅の広い殿町には、大きな施設が建つなどして町並みは全く残っていませんが、柳町、職人町、鍛冶屋町は昔の面影をよく残しています。

gujohati9.jpg 柳町
gujohati10.jpg 職人町
gujohati11.jpg 鍛冶屋町

町屋は卯建(うだつ)と呼ばれる袖壁を出した切妻平入りで、元は板葺きでしたが、現在は鉄板葺きか桟瓦葺きです。通りに沿って水路があり、前述のように天然湧水が流れていて、現在でも生活用水として利用されています。

町を見下ろす山の頂には、郡上八幡城がそびえます。下から見上げるその姿には頼もしさすら感じる、郡上八幡もう一つのシンボルです。

gujohati12.jpg

昭和8年に再建された天守閣は、大垣城を参考にした模擬天守です。しかし木造で再建されているため、80年以上経た今では、本物のような雰囲気を漂わせており、司馬遼太郎が「日本で一番美しい山城」と評したことにも納得です。

gujohati13.jpg

郡上八幡は、司馬作品の「功名が辻」に登場する山内一豊の妻・千代の故郷(諸説あり)と言われていて、場内には銅像が建っていました。また、八幡の藩主は何度か入れ替わりましたが、明治維新まで安定した治世を行った最後の藩主が青山氏で、その江戸屋敷跡が現在の港区青山です。皆さんも、郡上八幡に少し親近感を持たれたのではないでしょうか(笑)

郡上八幡だけで長くなってしまったので、続きはまた改めてお伝えします。

岸 未希亜

Go to top

2016年06月13日

横浜スタジアム

横浜DeNAベイスターズは、現在セ・リーグの2位(6月12日現在)と好調です。野球の強さという点では近年苦戦続きのベイスターズですが、横浜DeNAベイスターズになってから、観客動員数という指標では、なかなか好調のようです。球団が各種のファンサービスに注力された結果のようです。

1869182D-EEE2-44CD-8B99-2C70C14FA59D.jpg

当社は、20年程前より、バックネット裏のシーズン席をペア(2席)で確保しています。シーズン席のほぼ中央という好位置のため、ベイスターズファンの方にも、そうでない方にも都合のいい席で、足を運ばれた方々にも好評です。
元々は社員、協力業者の皆様のための福利厚生として設けたものですが、お客様にもお分けしています。希望される方は、お問い合わせ下さい。

E2174A64-334C-4888-8227-EE29D588430C.jpg

下平 勇
160401A.jpg

Go to top

2016年06月07日

住まいの教室「間取り」

「住まいの教室」は月1回のペースで開催している連続セミナーですが、現在行われている2016年前期は「シーズン5」に当たります。
家づくりにとって大切なことは、流行とは対極にある普遍的な内容ですので、基本的には毎シーズン、同じ内容で授業をしていますが、第二部の実例は少しずつ入れ替えてやっています。

前回のテーマは「失敗しない土地探し」で、土地を探す時に気を付けること、販売価格以外にかかる隠れた土地の費用、設計者目線で避けたい土地など、これから土地を買う人にとっては非常に参考になる内容でした。

実例セミナーでは、「敷地の状況から生み出される住まい」と題して、敷地によって家の形が決まったり、敷地に大きな影響を受けることをお話ししました。

kyositu531.jpg

特に、条件に恵まれない敷地では「日照を確保すること」が大切なので、LDKを2階にした逆転プランや、中庭を囲んだ町家型プランの事例を紹介しました。逆に環境に恵まれた敷地では、景色や木々、庭などを眺める窓の取り方が大切なので、そうした幾つかの事例を紹介しました。

今週末に開催される第3回のテーマは「暮らしやすい間取りのつくり方」です。

誰にも生まれた家があり、その後は引越しをしたり、一人暮らしをしたり、結婚して所帯を持ったりして、幾つかの「間取り」を経験するものです。親戚の家や知人の家に行けば、また別の「間取り」があり、いつの間にか間取りの良し悪しを語っていることはありませんか?

もし自分で家を建てることになったら、「間取り」についても真剣に考えるはずです。でも今の知識のまま、どこかの住宅会社に行って「こうこう、こういう間取りで」なんて注文したら、どうなるでしょうか?
多くの場合、施主の希望のままにプランが作られてしまうので、住んでみてから失敗に気付くこともあるでしょう。つまり、注文する側にも最低限の「間取り」の知識が必要なのです。

kyositu532.jpg

では、どこから手をつければいいのか、どんなことを考えなければいけないのか、分からないことがいっぱいあるはずです。
そんな方々のために、第一部では、間取りの基本的な考え方や間取りをつくる流れなど、住宅設計のプロが実際にどういう組み立てで家を考えているかを、お話しします。

第二部では「子育て家族の住まい」と題して、子育て家族の暮らしと子供部屋について見ていきます。
世間一般では子供の数だけ部屋を用意し、その部屋も恵まれ過ぎているケースが多く見られます。しかし、子供部屋に関してはもっと慎重に考える必要があります。

kyositu533.jpg

子供部屋の広さ、子供部屋のつくり方、そして「子供部屋」にとらわれない子供スペースのあり方など、実例を通して、今まで見たことのない「子育て家族の住まい」について知っていただきたいと思います。
この第二部は、子育て真っ最中の方は絶対に聞き逃せない授業です。また、子育てとは関係のない方でも十分に楽しめる内容です。ぜひご参加ください。

ところで、基本的に「間取り」を含めた設計は、プロに任せていただくのが一番です(笑)。しかし有名な会社であっても、一級建築士であっても、上手な「間取り」ができるとは限りませんから、せめて建て主である皆様が、「間取り」の良し悪しを見分ける目を養ってください。

岸 未希亜

Go to top

2016年05月31日

写真家による撮影

春になると草木が芽吹き、落葉樹が見違える姿に変わります。そして新緑の時期には庭が緑に包まれ、住まいに潤いを与えてくれます。この季節は、住宅の写真撮影にも絶好のタイミングなのです。

先日、約1年前にお引き渡しをした世田谷区の住宅を訪ね、建物の撮影をさせていただきました。
雑誌取材の場合は、大抵カメラマンが派遣されて来るのですが、取材でなく撮影だけの場合は、写真家の山田新治郎さんにお願いしています。山田さんは、雑誌「住む」や「チルチンびと」でも撮影している本格派の建築写真家で、私が神奈川エコハウスに入社する前からなので、もう10年以上の付き合いになります。

当社で最初に撮ってもらったのが、コンセプトハウスでした。

yamatori1.jpg

プロの写真家なので当然ですが、まずは技術面で素人との差が歴然です。
建築写真では手前から奥までピントを合わせる(被写界深度を深くする)のが基本で、そうするとシャッタースピードが遅くなるため、基本的には三脚を使います。また、被写体を測光しているので、画面が暗すぎることも明るすぎることもありません。シフトレンズを使ったりして、建物の垂直がきれいに出ているのも美しさの秘訣です。
そして風景写真ほどではないにしても、構図のセンスは問われます。設計者と写真家で見せたい場面が合わず、後でガッカリすることもあるのですが、山田さんは構図を任せられる写真家です。

4月にオープンした山内龍雄芸術館も撮影してもらいました。

yamatori2.jpg
yamatori3.jpg
yamatori4.jpg

凛とした空気感が伝わるような写真です。設計と施工も良かったとはいえ(笑)、写真によって建物の魅力が引き出されていると感じます。

世田谷区の住宅は遊歩道のある川に近く、反対側には小さな森も残っていて、都心でありながら自然環境に恵まれた立地です。敷地から河川と遊歩道に向かって視線の抜ける場所があり、その眺めを最大限に享受するため、1,2階ともに南西のコーナーに窓を設けました。

yamatori5.jpg

準防火地域なので、この窓を透明ガラスにするためにはシャッターサッシを使わなければなりませんが、木と塗り壁の優しい表情の外観に、無骨で閉鎖的なシャッターは似合いません。そこでシャッターボックスを隠す板壁を造り、窓の周囲を柔らかい表情にしました。

yamatori6.jpg

室内は無垢の木や漆喰、木組み、建具、家具などで、常に神奈川エコハウスらしさが表現されていますが、外観は「ふつうだね」と言われることもあります(苦笑) でも今回は、前述の板壁と木製バルコニーで表情が引き締まり、とても感じの良い外観になりました。

この住宅は「バルコニーを挟みこむ家」として、もう一軒の「床座スタイルの二世帯住宅」と併せて、近日中にホームページの「事例紹介」に加わります。
お楽しみに。

岸 未希亜

Go to top

2016年05月23日

斜面に残る町並み

前回のブログで軽く触れた山間の町並み「早川町赤沢」を紹介します。
昨夏、甲州市塩山の山村が山梨県内2つ目の重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)に選ばれ、日本全国にある重伝建地区は110ヶ所にまで増えました。「早川町赤沢」が重伝建地区に選定された1993(平成5)年には、まだその数は35しかなく、永らく山梨県では唯一の重伝建地区でした。

akasawa2.jpg

早川町は山梨県南西部の山間に位置する小さな町で、藤沢市から見れば富士山を挟んだ反対側の場所です。すぐ近くには日蓮宗総本山の身延山久遠寺があり、JR中央本線の甲府駅とJR東海道線の富士駅を結ぶ「JR身延線」が富士川沿いに走っています。

日蓮がこの地にたどり着き、久遠寺を建立したのは13世紀後半ですが、江戸時代中期になると、お伊勢参りのような信仰の旅、信仰にかこつけた物見遊山が始まり、久遠寺にも多くの参詣客が訪れました。
身延山(標高1152m)のすぐ隣りには日蓮宗の霊山である七面山(標高1982m)があるため、人々は久遠寺から奥の院(身延山山頂)に登り、そこから身延山の裏側に位置する赤沢集落に下ります。そしてこの宿場で一泊し、翌日に七面山に登るコースが一般的でした。

赤沢集落は上村と下村に分かれていて、上村は石畳の急な坂道に沿って家が建っています。山頂から下りてくると、緑深い山裾に幾つかのトタン屋根が見えて来て、最初に目の前に現れるのが「えびすや旅館」です。

akasawa3.jpg

よく見ると、名前の書かれた木札が軒下にたくさん掛かっていました。

akasawa4.jpg

同一の信仰を持つ人々による結社・団体のことを「講」と呼びますが、その各講の定宿を示す印がこの「講中札(こうちゅうふだ)」で、マネギ札、板マネギとも呼ばれます。えびす屋には82枚の札が掛かっていて壮観です。赤沢は信仰のための宿場ということで、講中宿(こうちゅうじゅく)と称されていますが、これは全国的にも珍しいものです。

さらに下ると坂は少し緩くなり、大きく蛇行して登って来る狭い車道と交差します。この辺りには玉屋、両国屋、大黒屋などの旅館と妙福寺があります。

akasawa5.jpg

そしてその先に、赤沢の代表的な景観が現われます。

akasawa1.jpg

石畳の坂道が急激に下り、左に「萬屋」、右に「喜久屋」が見え、その間から七面山が見える場所です。家が軒を連ねる町並みではなく、急斜面に沿って家が建つ特殊性がよく表れている景色です。

akasawa6.jpg

その先で道が大きくカーブする所も、重伝建地区には珍しい特徴的な景観を見せています。
地勢が緩やかになっている下村は、家々が少し広がって建っています。

akasawa7.jpg
akasawa8.jpg

敷地も広く使えるため、赤沢の草分けと言われる大阪屋、江戸屋といった大きな旅館もここに残っています。

akasawa9.jpg

講中札が96枚も掛かっているのが大阪屋です。大阪屋は赤沢の旅籠の特徴をよく残しており、1階の座敷周りにL字型の縁側を付け、その外に土間を巡らしてあります。これは、大勢の参詣客が一斉に草履を脱いで家に上がれるための工夫です。

明治初期には9軒の旅館があり、明治期から昭和20年頃までの最盛期には、赤沢を一日に千人以上の人々が行き交ったと伝えられています。9軒の収容人員は400人程度だったそうなので、ピーク時には旅館の蔵や周囲の民家にも宿泊させたり、第1陣の客が何時間か仮眠して出発すると、第2陣を泊め、さらに第3陣まで受け入れるという、一日3回転の営業もあったというから驚きです。
しかし、車社会となって道路が整備されると、身延山から七面山へ徒歩で向かう参詣客は減り、現在も営業を続けているのは「江戸屋」1軒だけとなりました。

akasawa10.jpg

山梨県の中でも人口の少ない早川町。その山中にひっそりと佇む赤沢。かつて多くの参詣客が行き交ったとは信じられない静かな集落ですが、本栖湖からもそう遠くないので、ぜひ足を運んでみてください。

岸 未希亜

Go to top

2016年05月11日

山内龍雄芸術館 レクチャー付鑑賞会

お出掛けするのに気持ちが良い季節となりました。
16日(月)に山内龍雄芸術館にて館長のレクチャー付鑑賞会が開催されます。
絵画の鑑賞は如何ですか。お誘いあわせの上、是非ご参加下さい!

Mr.MAXの斜め向かいに、弊社設計施工のギャラリーが完成しました。
ここは画家「山内龍雄」の常設展示です。
山内龍雄は、北海道で生まれ育ち2年半前に急死しました。
厚岸の原野の古い一軒家で一人絵に向かい合う日々、制作には1年以上掛かります。
キャンバスを削って描くという独特の手法で、まるで畑を耕す様に自分と対話しキャンバスに手を入れていきます。
どんな絵が出来上がるかは本人も分からなかったといいます。
完成した作品は、「魂が詰まった絵」。

山内龍雄はどんな人物だったのか、何を考えていたのか?
山内氏の一番の理解者であり、苦楽を共にしながら30年間彼を支え続けた館長の須藤一實氏に、その人となりを伺ます。
とても難解な絵ですが、その説明を聞く事で自分自身の心に響く何かが生まれるのではないでしょうか。
山内氏の絵は欧州でも人気が高く、「描かれた哲学」と評されていました。
その絵に「禅の美」を感じるのだそうです。
その美とは、「自然」「不均衡」「脱俗」「静寂」「孤高」「幽玄」「簡素」の7つの要素で表されます。

琴線に触れる「禅の美」を体感しに、是非いらして下さい。

yamauchi160516.jpg

近藤

Go to top

2016年05月09日

連休と富士山

今年のゴールデンウィークは10連休になった人もいたようで、日本全国で大移動が起きていたのではないでしょうか?
私は連休2日目の4/30に名古屋に出張する仕事があり、普段は小田原駅から自由席を利用するのですが、流石にこの日は指定席を予約しておきました。行ってみるとやはり、小田原駅の新幹線ホームはとても混雑していました。

fuji1oda.jpg

東海道新幹線には何度も乗っているので、あまり車窓を気にすることはないのですが、富士山が見える所に差し掛かると、つい外を見てしまいますね。この日の帰りは、富士市を通過したのが夕刻だったので、西の空がほんのり茜色になっていて綺麗でした。富士川を渡るところからの連続写真です。

fuji2hika.jpg 左上:富士川越し 左下:新富士駅 右上:工場地帯越し 右下:真南から

この大型連休中、私は数日お休みを取って友人家族とキャンプに出掛けました。行き先は山梨県早川町のキャンプ場で、実は3年連続で同じ所に来ています。
早川町は山梨県の南西部に位置する長閑な町で、すぐ近くには日蓮宗総本山の身延山久遠寺があります。甲府や富士五湖からも比較的近いのですが、連休であることを忘れさせる静かな環境なので、のんびり過ごすことができました。

fuji3cam.jpg

3年前に妻から「早川町にキャンプに行くよ」と聞かされた時、「早川町赤沢」という重要伝統的建造物群保存地区の名前がすぐに思い浮かびました。そこは「人里離れた山の中」というイメージだったので、なかなか行く機会がないと思っていましたが、「向こうから近付いてきた」と喜んだことを思い出します(笑)
その町並みレポートは別の機会にお届けするつもりです。

キャンプを終えての帰路は幾つかのルートがあるのですが、今年は富士五湖経由で帰りました。富士川の上流を渡ってJR身延線と並走した後、つづら折りの山道(本栖道)を走ること数十分、意外に早く本栖湖に到着しました。トンネルを抜けると目の前に見事な景色が広がっていたので、思わず湖畔の展望台に車を停めて、撮った写真がこれです。

fuji4mot.jpg

富士山を背景にした本栖湖の景色が、旧五千円札(肖像:新渡戸稲造)の裏面に使われていたことは有名です。お札の図案は、湖面に富士山が写る貴重な「逆さ富士」で、岡田紅陽という写真家が撮影した「湖畔の春」という写真を基にデザインしたものだそうです。見える角度が少し違うので調べてみると、展望台の背面にある山の頂上から見た景色のようで、一度は登って確かめてみたいと思いました。
旧五千円札のように全面ではありませんが、現在の千円札にも同じ景色が使われているので、皆様も財布から出して見比べてみてください。

精進湖を過ぎると酷い渋滞で、なかなか前に進みませんでしたが、何とか山中湖手前の忍野へ。目的はここにある忍者屋敷だったのですが、3時間待ちで閉園時間を過ぎてしまうため、入場できませんでした。子供たちはもちろん、子供の頃に忍者屋敷が大好きだった私もガッカリです。

fuji5osi.jpg

皮肉なことに、その園内から見た富士山がまた綺麗でした。

岸 未希亜

Go to top

2016年04月27日

海老名T邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「海老名市T邸」の見どころを紹介します。
「お寺の境内に建つ家」と題したように、住職とそのご家族が建て主です。昨年2月に初めてお会いしてから何度かお寺に伺った後、4月にちょうど庫裡(寺の住職が暮らす家)の完成見学会があったため、住職ご夫妻どうしで顔を合わせていただき、「当社で家を建てて良かった」と後押ししてもらいました(笑)

tnh1.jpg

本堂の増築という形で造られた以前の住宅は古く、家の中に物が多く残されていたため、リフォームしたばかりの新しいキッチンと、リビング・ダイニングだけが使われている状況でした。そして、法事に使用する建物の一部をリフォームした浴室が長い廊下の先にあり、寝室は別棟の2階を利用しているため、一度外に出なければならず、不便な生活を強いられていました。
ふつうに新築するだけでも、この不便さからは脱却できますが、幾つかいただいた要望に幾つかの提案を加え、とても魅力ある住宅が誕生しました。

tnh2.jpg

特徴の一つは、「高齢のお父様と暮らす3世代の住まい」ということです。
1階に設けるお父様の寝室(個室)は、部屋で過ごす時間が長くなっても大丈夫なように、日当りのよい南東角に配置しています。トイレ、洗面室、浴室が部屋のすぐ近くにあるのは必須条件ですし、トイレは車椅子でも使いやすいように、1坪サイズの広いスペースにしました。

1階に6帖の寝室を設けたことで、リビング・ダイニングの面積は少し抑え目ですが、「リビングを兼ねる10帖のダイニング」というご要望通り、10帖のリビング・ダイニングを用意しました。

tnh3.jpg

スタディコーナーや廊下部分、キッチンとの繋がりもあるので、数字以上の広がりが感じられます。また、間接照明によって室内の雰囲気も上々です(笑)

二つ目は、「キッチンの使い勝手と動線計画」です。珍しいケースですが、前の家で2年しか使っていないシステムキッチンを再利用しています。

tnh4.jpg

当初は対面キッチンも検討しましたが、吊戸棚があると閉塞感が強くなることや、前の家で使っていた外付け食洗機のスペースを確保するため、壁向き型になりました。対面側には家電やゴミ箱を置く造り付けカウンターと食器棚を設け、食品庫も一体になった広めのキッチンです。
ダイニングを経由せず、玄関からショートカットできる裏動線が便利なほか、寺院施設への連絡口もキッチンのすぐ横に設けてあるので、お寺から呼ばれた時の移動もスムーズです。

三つ目は、「室内物干場を兼ねた共用スペース」の存在です。
当初から「リビング・ダイニングか2階廊下に本棚がほしい」という要望がありましたが、プランの打合せ中に「室内物干場もほしい」という要望が加わり、第2案でこの形が生まれました。

tnh5.jpg

長さ350cmもある本棚には、子供の絵本も親の蔵書も収められ、子供にとっては素晴らしい環境です。そして南面にハキダシ窓のあるこの共用スペースは、室内物干場にもうってつけです。さらに窓の外にはベランダがあり、屋外干しと室内干しの動線が一つに集約されていて便利です。
「ベランダ」とは屋根のあるバルコニーのことを指すのですが、洗濯物が雨に濡れ難いベランダがあると、共働きのご夫婦には重宝だと思います。
またベランダは、構造上、建物と一体の造りになるため、建物の外観も良い感じになりますし、防火シャッターの存在も目立たなくしてくれます。一般的に、軒を深く出すためには柱を立てる必要がありますが、柱を立てずに軒を深くしている点もご覧ください。

敷地がお寺の境内であることを除けば、ふつうの家と大きな違いはありません。子育て家族を中心に、どなたにも参考になるお住まいです。

岸 未希亜

Go to top