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2015年10月11日

ゼロエネルギー住宅=ZEHをご存知ですか?

 最近家づくりを検討されている方は、ゼロエネルギー住宅=ZEH=Zero Energy House(「ゼッチ」と呼びます)という言葉を聞くようになったと思います。
ゼロエネルギー住宅の定義は、断熱性能のアップ、庇による日射調整、省エネ型設備の採用で、消費エネルギーを削減し、さらに太陽光発電でエネルギーを作り出すことで、標準住宅1棟分のエネルギーを削減できる住宅です。

 国の方針では、「2020年までに、標準的な新築住宅でZEHを実現する」という目標が発表されています。そのため、経済産業省を中心に補助金等の施策がとられています。当社でも昨年からZEHに取り組み、まだ1棟ですが165万の補助金をいただいています。
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 今年は、地域型住宅グリーン化事業という補助金事業の中で、工務店のグループに対してゼロエネの補助金が同じく165万円でています。当社は、幹事会社になっている湘南プレミアハウスのグループでゼロエネ住宅の提案を行い、グループとして3棟の補助金枠を確保しています。グループとして基本的なルールはありますが、断熱材の仕様などは、各社異なる提案となります。

 神奈川エコハウスのZEHは、北海道の高断熱住宅レベル(UA値=0.6)を基本に、パッシブデザインを取り入れます。そして足りない分を太陽光発電で補いゼロエネを実現します。太陽光発電をたくさん載せれば、建物性能をそれほど上げなくても、計算上のゼロエネは実現できます。それは、大量発注で設備を仕入れる大手ハウスメーカーが得意とするところですが、住み心地はよくなりません。私たちがこだわりたいのは、人を包み込む建物自体の性能です。断熱性能のアップは、省エネだけでなく、住む人の健康や快適性に大きく影響します。そして、断熱を考える時に、ただ、断熱材をたくさん使えばいいというわけではなく、結露対策など耐久性も兼ね備えた仕様でなくてなりません。30年の実績がある外張り断熱をベースに、当社らしいZEHをご提案します。

 補助金を使える可能性は十分ありますので、ご興味のある方は、ぜひ、お問合せください。

                                 高橋郁夫

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2015年10月06日

家から望む景色比べ

9月末に「富士山を眺めて暮らす家」の見学会を行いましたが、残念ながら当日は曇り空で、富士山を望むことはできませんでした。しかし後日、お引渡しの際は秋晴れに恵まれ、富士山や伊豆半島がくっきりと見えましたので、その「景色」を皆様にご披露します。

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写真では少し分かりづらいですが、画面を三等分した左の部分に薄っすらと山影が見えるでしょうか。室内からの写真も、ここに富士山があることを頭に入れながら見ていただく必要があります(笑)

vista2.jpg木製サッシの内側には戸袋に引き込まれる障子が並び、室内が柔らかな明るさに包まれます

vista3.jpgサッシを全開すると、目の前に広がる景色が、あたかも自分の庭のように感じられる素晴らしい環境です

vista4.jpg海が近く、風雨の強い日もあるため、杉板の雨戸でガラス戸を守ります

vista5.jpgリビング・ダイニングに並んだ和室には掘りごたつがあり、ここに座ると真正面に富士山が見えます。2階の浴室にも横長の窓を設け、湯舟に体を沈めながら、富士山を眺めることができます

数ヶ月後、暮らしが落ち着いた頃に訪問するのが、今から楽しみです。


一方、弓なりに曲がっている神奈川県の南西部からは、相模湾を挟んで全く反対側の景色が見られます。
5年前に建てた箱根の家は、その名も「絶景とともに暮らす終の棲家」で、三浦半島や房総半島を望むことができるお住まいです。

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今週、雪が降り出す前に、少し早めの5年点検に行って来ました。
箱根は今年の5月に火山活動が確認され、一時は入山規制も行われました。現在は噴火警戒レベル2(火口周辺規制)に引き下げられ、警戒区域に設定されているのは大涌谷周辺だけですが、芦ノ湖へ向かう国道は比較的空いており、例年よりも観光客は少ないようです。

箱根の家は建物を「への字」にしているのが特徴で、その頂点を中心にリビングをつくったため、視界が大きく広がります。久しぶりにお邪魔しましたが、バルコニーと浴室から望む景色は、やはり絶景でした。

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また、元々が森の中の家ではあるのですが、5年の間に敷地全体を花木や家庭菜園が埋め尽くしていて、以前よりも緑豊かな環境になっています。

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ご主人は相変わらずエネルギッシュで、敷地内の大きな木にツリーハウスを計画中でした。トムソーヤの冒険に出てくるようなツリーハウスは、男子なら誰もが憧れるものだと思いますが、それを自力でやろうというのだから恐れ入ります。

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嬉しそうにツリーハウスの話をされるその横顔は、「遊びに来た孫を喜ばせたい」という、遊び心を持ったお祖父ちゃんの顔でした。来年の夏休みには完成していると思うので、私も遊びに来たいと思います。

岸 未希亜

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2015年09月24日

横須賀T邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「横須賀市T邸」の見どころを紹介します。

初めに言ってしまうと、この住宅は見どころ満載です。

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先ずは屋根、外壁、窓、玄関戸、デッキなどの外周りが、いつもと違う特別仕様であること。室内は、柱や梁をあらわした真壁の空間に、自然素材の仕上げが調和したいつもの雰囲気ですが、和室や洗面室の造りはひと味違います。そして、リビング、キッチン、和室から望む景色が絶景なのです。

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この家は「富士山を眺めて暮らす家」です。以下に挙げるように、他にも多くのこだわりが詰まっている家なのですが、「富士山を眺める」という条件で土地を探し、辿り着いたのがこの場所でした。
ところが、長閑な環境にもかかわらず準防火地域だったため、2階は窓を全開することができません(隣地境界から規定の離れが必要なため)。当初から思い描いていた2階リビングは諦めるしかありませんでした。開口部の全開は1階でも際どかったのですが、この「富士山を眺める窓」が設計の出発点だったことは間違いありません。

建て主が当社を知ったのは、雑誌で見かけたからだそうですが、初めの連絡は、「伝統工法で建てることはできますか」という質問でした。金物を使わないとか、柱を石場立てにするとか、建築基準法にとらわれないで、昔ながらの伝統工法に取り組んでいる人たちはいますし、その伝統工法を認めてもらえるように国への働きかけも行われています。しかしながら、一般住宅で取り組むにはまだまだハードルが高いため、お客様と話し合って、金物を使いながらも、大工の技術力を活かした造り方を選択しました。
また、建て主は海外での仕事経験も長く、日本の良さは「職人の手仕事」にあり、これを残していかなければ日本は滅びるとまで仰いました。そういう目で見ていただけると、「職人の手仕事」の結集である神奈川エコハウスの家づくりは、お客様の希望に叶うものだと思います。

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この建物では、柱や梁といった構造部材を大工の「手刻み」で一つ一つ丁寧に準備しました。

さらに、建て主は「地球と地球生物の共存」という命題を家づくりにも投影。環境負荷の少ない自然素材を使うことはもちろん、エネルギーの自給自足も大きなテーマでした。残念ながら、家庭用蓄電池の導入には時期尚早だったので断念しましたが、屋根に太陽光発電パネルと太陽熱温水器を搭載することで、できるだけ供給電気に頼らない生活を目指しています。

tis5.jpg 蔵戸を再利用した玄関/造り付けの洗面台
tis6.jpg 家具造りの掘りごたつ/全開する木製サッシ

現場は見学会前の大詰めを迎えています。そのため写真は部分の紹介になってしまいましたが、ぜひ実際に建物と景色をを見に来てください。当日は天気も持ちそうなので、素晴らしい景色が見られることを期待して・・・

岸 未希亜

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2015年09月18日

八重山諸島で夏休み3

八重山諸島(沖縄県)レポートの第3弾。3日目は小浜島(こはまじま)に行きました。小浜島は西表島のすぐ東にありますが、石垣島からは高速船で約25分。一日に約20便が往復しているので、天気に左右される難点はあるものの、交通の便は悪くありません。

小浜島は、赤瓦の民家が残る集落やサトウキビ畑が広がる素朴な景色と、島の東部に大型リゾート施設があるのが特徴です。そしてNHK連続テレビ小説(朝ドラ)の舞台になったことでも知られていますが、皆さんはご存知ですか?
朝ドラを見続けてきた私にとっては朝飯前の問題です(笑)。ヒントは、サトウキビ畑の真ん中を貫くこの一本道です。

kohama1.jpg シュガーロード

答えは2001年に放送された「ちゅらさん」です。主演は2000人以上のオーディションで選ばれた国仲涼子。主人公の父が堺正章、母が田中好子、おばぁが平良とみ、弟役は若かりし日の山田孝之でした。個人的にも印象に残っているドラマでしたが、一般視聴者からの人気も高く、続編が「ちゅらさん4」まで3作も制作されている朝ドラは、このドラマだけだそうです。
小浜島に来たからには、自転車を借りてドラマの舞台を走りたかったのですが、家族サービスを優先させた結果、今回は断念しました。ここも、もう1回来る必要があるみたいです(笑)

小浜島は、島の1/5にあたる面積を2つの大型リゾート施設が占めています。
一つは、1979年にオープンした老舗の高級リゾート「はいむるぶし」。2007年にヤマハリゾート開発が三井不動産リゾートに事業譲渡した施設です。「はいむるぶし」は漢字で「南群星」と書き、八重山地方の言葉で南十字星を意味します。
もう一つは、星野リゾートが運営している「リゾナーレ小浜島」です。こちらもユニマットグループのシギラリゾートが、2011年に星野リゾートに運営委託した施設です。

私たちは後者に泊まりました。軽井沢にある「星野温泉トンボの湯」には何度も入ったことのある私ですが、星野リゾートに宿泊するのは初めてです。

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ここは元々2つに分かれていた施設を一つにしたそうで、施設内はカートで移動するほど広く、宿泊棟の形や大きさもエリアによって違います。私たちが泊まったのはお安めの部屋だったので(笑)、部屋自体に驚きはありませんでしたが、バルコニーからの眺めが最高でした。

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海の向こうに見えるのは石垣島です。敷地内には八重山諸島で唯一のゴルフ場があり、そのためシャワーやロッカールームは充実しているのですが、珊瑚礁に囲まれた美しい島の上にゴルフ場を造る必要があったのかな、という疑問は感じました。

プライベートビーチまでは距離があるので、ホテルのバスで移動します。砂浜に面してビーチハウスプールがあり、主にそこで遊びましたが、ここからの眺めも良かったです。

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海では様々なプログラムが用意されていましたが、長女が「スーパーマーブル」というアトラクションをやりたいと言うので、自分も一緒に体験しました。ゴムボートに乗った人を水上バイクで引っ張るという、絶叫系の乗り物です。
初めは加減して走らせていたお姉さんに、途中で「大丈夫ですか?」と声掛けされると、「もっとスピード出してください」と答える娘に苦笑いでした。

夕暮れに「トワイライトツアー」に参加するため、早めに夕食を済ませ、ホテルのバスで島の西側へ移動しました。そこは小さな漁村がある細崎(くばざき)という場所で、目の前には西表島が迫っています。

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その間に横たわる海峡はヨナラ水道といい、マンタが見られるそうです。あいにくの曇り空だったため、日が暮れても夕焼けは見られず、辺りはかなり暗くなってきましたが、三脚を立ててスローシャッターで撮影したので、幻想的な色合いの写真になりました。

夕暮れを待ちながら、バスの運転手が三線(さんしん)を弾き始めました。

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この時期、ちょうど沖縄ではお盆を迎えていたということで、即興の盆踊りが始まったのですが、参加者のノリも素晴らしかったです。

翌朝、妻と長女が近海でシュノーケリングをするため、朝食後すぐに小浜港へ向かいました。自分はパッキングとチェックアウトを済ませて、ホテルのプールで次女とお留守番です(笑)

リゾナーレ小浜島は、スタッフの対応も食事も良かったので、ストレスなく過ごすことができました。一流のホスピタリティには学ぶところが多々あります。特に食事は、全てを味わうことができないほどメニューも豊富で、大満足でした。

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長いようで短い夏休みがあっと言う間に終わってしまいました。
周辺には他にも、日本で最多の星座が見られる波照間島や、ドラマ「Dr.コトー診療所」の撮影地になった日本最西端の与那国島など、行ってみたい所がいっぱいあります。またいつか、八重山諸島のどこかに帰って来たいと思います。

岸 未希亜

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2015年09月11日

八重山諸島で夏休み2

家族で夏休みを過ごした八重山諸島(沖縄県)レポートの第2弾。
2日目は竹富島(たけとみじま)に行きました。石垣島から目の前に見えるこの島こそ、この旅行で私が一番行きたかった場所です。それは、島の中央にある集落が重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)に選定されているためです。

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私が「重伝建地区」の存在を知った今から約20年前、まだ保存地区は全国に40しか存在せず、「いつか全部見に行くぞ」と思った私が、当時一番の難関だと感じたのが竹富島でした。今では重伝建地区は100を超え、全てを見ることは難しくなりましたが、藤沢から最も遠い竹富島に降り立った時、ようやく念願叶ったという嬉しい気持ちになりました。

まずは、水牛車に乗って集落を回りました。

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独り旅だったら恐らく乗っていないと思いますが、家族と一緒だったので定番コースに身を委ねました(笑)
一昨日の台風によって、本来なら咲き乱れているはずのブーゲビリアが吹き飛んでしまったのは残念ですが、車が動き出してすぐに水牛が糞をしたため、バケツ一杯の糞と30分も一緒だったのは貴重な体験でした。また、ガイドのおじぃが笑いを交えて集落の解説してくれたり、三線(さんしん)を弾きながら課題曲と自由曲を唄ってくれたので、案外楽しめました。

その次にレンタサイクルを借り、町並みを通りながら海岸へ向かいました。

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最初に訪れたのは「星砂の浜」とも呼ばれるカイジ浜です。潮の流れがあって遊泳に向かないビーチということで、自然に満ちた環境が保たれています。

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星砂(星の形をした砂)を採取するためにジャムの空きビンを持って来たのですが、星砂は容易に見つからず、土産物屋で買うことになりました。
その隣にあるコンドイ浜は海水浴場です。妻と娘をこのビーチまで連れて来て海水浴の準備を整えたところで、私は重伝建地区に引き返しました。島での目的が違うので、やむなく(喜んで)別行動です(笑)

竹富島の集落は、沖縄の伝統的民家の姿をよく留めており、かつての沖縄が凝縮しているとも言われます。

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特徴としては、敷地の周囲に築いた珊瑚の石垣があり、建物は平屋で、屋根は漆喰で塗り固めた赤瓦葺きの寄せ棟です。いずれも台風銀座と言われるこの地域ならではの風対策の表れです。
フーヤと呼ばれる母屋と、トウラと呼ばれる台所が別棟になっているのも沖縄や九州の民家に見られる特徴です。

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この「分棟型」は古い形式で、生活様式の変わった現在では、両棟を合体させて屋根をつなげた家も見られます。
正面は石垣が切れただけの開けっ放しの門構えがあり、少し下がった所にヒンプンと呼ばれる塀が立っています。

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ヒンプンは魔除けの意味があるそうですが、目隠しや風除けの面でも機能的で、家に入る時は左右どちらかに避けて回り込みます。
魔除けと言えば、門に対した正面の屋根にはシーサーが鎮座しています。

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シーサーは「獅子」を沖縄方言で発音した呼び方で、建物の門や屋根の上に載せられ、家や人に災いをもたらす悪霊を追い払う魔除けの意味があります。竹富島では瓦職人が余った漆喰を使って作ったものだそうで、一つ一つ違っているのはもちろん、どれも個性的でおどけた表情をしています。

島の中心部には「なごみの塔」と呼ばれる物見台があります。僅か標高24m(塔の高さは4.5m)の低い塔に登るだけで、眼下の集落はもちろん、遠く西表島まで望むことができ、竹富島がいかに平らな島であるかを実感できます。

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物見台に立てるのは二人がやっとで、階段も細くて急なため、観光客が多い時は30分待ちやそれ以上の行列ができてしまうそうです。

独りで町並みを散策した後は、コンドイ浜に戻って娘たちと海水浴。

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遠浅の海岸なので、海底の白砂が海の色をエメラルドグリーンに染めています。自分よりも沖にいる人たちが、浅瀬で座っているのが奇妙な感じでした。

夜は、島料理が食べられる石垣島の居酒屋へ出掛けて夕食。ホテルに戻ると、ロビーでは地元の民謡歌手がミニコンサートを開くところでした。

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歌舞伎役者の中村獅童に似た男性歌手と、日中はバスガイドをしているという女性歌手の島唄がとても心に響き、会場も大いに盛り上がりました。明日は小浜島へ行きます(つづく)

岸 未希亜

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2015年08月31日

八重山諸島で夏休み

8月は毎年、私を置いて妻と娘2人が北海道の実家に帰るのが慣例になっていますが、妻が仕事を始めたこともあって、今夏は2週間余り、娘2人だけを実家で預かってもらいました。妻は東京に出てきてから約20年間、暑さを逃れて夏は必ず故郷に帰っていましたが、初めて真夏を南関東で過ごすことになったのです。8月前半は記録的な暑さだったこともあり、例年よりもエアコン稼働率が増えたことは言うまでもありません(笑)

さて先週、夏休みをいただいて家族旅行をして来ました。行き先は沖縄の八重山諸島です。
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八重山諸島は沖縄県の西南端、というよりも日本の最西端に位置し、石垣島を中心とした有人島10島と点在する無人島で構成されています。沖縄本島からも約400~500km離れており、東京からは2000kmの距離(ちなみに北海道の根室や網走が、東京から1000km)にあります。私はこれまで、沖縄本島と宮古島には行ったことがあるのですが、八重山諸島は初めてです。

折しも台風15号が八重山諸島に向かっていたため、ずっと天気予報やニュースを気にしていましたが、何と出発の前日には目的地の石垣島を台風が直撃。現地の人の話では10年ぶりの直撃だったようです。

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停電や車が横転している映像を目の当たりにして、翌朝のフライトが心配されましたが、当日空港に行ってみると、九州や四国への便が欠航になる中、那覇便は予定通りに出発。私たち家族が「日ごろの行いがいい」ことを確信しました(笑)

yaeym03.jpg石垣ではコンビニの看板が折れていた

羽田空港から那覇空港までは2時間半。那覇から石垣島までは1時間。そして乗り継ぎ時間は30分の予定でしたが、台風の影響で那覇空港が混雑していたため、石垣島行きの出発が遅れ、石垣島のホテルに着いたのは午後4時近くでした。
また、台風一過といっても快晴にはならず、天気は曇り時々雨といった状態。天気予報も芳しくなく、明日からの旅程が心配です。それでも、ホテルの部屋からはきれいな海が見られ、沖縄に来たことを実感しました。

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すぐ手前に見えるのが竹富島(たけとみじま)です。島の周囲は約9km、人口は約360人という小さな島で、石垣港から6km足らずの距離です。その奥に見える大きな島影が西表島(いりおもてじま)です。面積は石垣島より大きいのですが、人口は石垣島の4万8800人余に対して僅かに2300人余り。島の90%を亜熱帯の原生林が占め、「東洋のガラパゴス」「最後の秘境」などと呼ばれ、大自然を活かしたエコツアーが盛んです。今回の旅では行かないのですが、いつかは行ってみたい島ですね。

翌朝、予報は外れて晴れました。島の天気は変わりやすいそうです。
さて、八重山諸島の玄関口である石垣島には石垣港離島ターミナルがあり、周辺の島々へ高速船で行くことができます。

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yaeym06.jpg右端に見える金色の銅像は、石垣島が生んだスーパーヒーロー具志堅用高です

私たちが今回訪れたのは、竹富島と小浜島(こはまじま)です。竹富島への船は一日30便程度(高速船で約10分)、小浜島への船は一日20便程度(高速船で約25分)あり、悪天候で欠航さえしなければ非常に便利です。

船から撮った島の写真を紹介します。

yaeym07take.jpg竹富島は煎餅のように平べったいです

yaeym08kaya.jpg小浜島のすぐ近くにある無人島の嘉弥真島(かやまじま)です

さらに小浜島の近くでは、海面に薄っすらと浮かぶ白い砂浜が見え、その脇には小舟が幾つか浅瀬に乗り上げているのが見えました。

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この写真では分かりづらいですが、これは、小浜島の北東に干潮時のみ出現するという「浜島(はまじま)」で、観光会社が企画する「幻の島上陸ツアー」の小舟が停泊していたようです。船内放送で知らせてくれる訳でもなく、窓の外に目を凝らさなければ気付かなかったと思います(笑)

竹富島も小浜島も、青い海と白い砂浜が眩しく、「ザ・沖縄」という感じでした。沖縄らしいキレイなビーチをご堪能ください。

taketom04.jpg「星砂の浜」とも呼ばれるカイジ浜(竹富島)

yaeym11kondoi.jpg遠浅で、沖合まで白い砂浜が続くコンドイ浜(竹富島)

yaeym12kohariz.jpgリゾナーレ小浜島のプライベートビーチ

両島での様子は次回お届けします(つづく)

岸 未希亜

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2015年08月28日

旧東海道関宿

8月も下旬に入り、夏から少しずつ秋の気配を感じるようになってきました。
皆さんはこの夏いかがお過ごしでしたか。
私は盆休みに帰省しましたが、途中で関宿という旧東海道の宿場町に立ち寄りました。旧東海道には、日本橋から京都三条大橋までの間に53宿ありますが、関宿は日本橋側から数えると47番目の宿です。関宿は三重県亀山市にあり、鈴鹿サーキットや伊賀忍者の伊賀などが近郊にあります。


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関宿(玉屋前にて写す)


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関宿


私は古い街道や町並みを歩くのが好きですが、最近は、よくその地域での特徴的な細部を注意して観察するようにしています。古い町並みは、ともすると何処でも同じように見えがちですが、昔は今と違って風雨をシャットアウトするガラスや、暑さ寒さを調整するエアコン等はなかったので、地方によっては、気候に対するチョットした工夫があったりします。
今回も観察してみたところ、関宿では「幕板」というものに目がいきました。

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町家の幕板(彩色部)


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幕板断面(彩色部)


幕板は横降りの雨を防ぐもので、1階の庇の下に取り付けられています。正直言って、この地方がよく横降りの雨が降るのか、通りすがりの旅人には分かりませんが、何軒もこのような板を付けている家があったので、やはりそれなりの効果があるのだと思います。
また気候とは関係なく、今回もう一つ気になったものが「庵(いおり)看板」です。


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お菓子屋の庵看板(2階部分)


現代でも、縦長の看板はよくビル等に付いていますが、瓦屋根が付いているのはあまり見かけません。看板にわざわざ屋根が付いているところが、凝っているなあ、と思いました。
ガイド本によれば、関宿は旧東海道で最も江戸時代の面影を残す宿ということですので、もし機会があれば行ってみてください。私自身ももちろんお勧めします。

  坪田将浩

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2015年08月23日

連日の棟上げ

長野で進めているアースデザインオフィスのプロジェクトについては、4月にブログでお伝えしていましたが、お寺の庫裡(くり:住職や家族の住まい)の方は設計契約を行い、現在は実施設計を進めているところです。
一方、長野駅に近い場所で計画している住宅の方は、先週、棟上げが行われたので、北陸新幹線に乗って長野へ行って来ました。

長野駅ではいつも東口で送迎してもらうことが多く、善光寺口は滅多に利用しません。そのため駅舎の建て替え工事にずっと気付かなかった私ですが、春に来た時、その変貌ぶりに大いに驚きました。

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上写真は3年前に撮った駅前です。善光寺口は商業ビルが建ち並び、官公庁や善光寺も控える表側にあたるのですが、県庁所在地で新幹線も停まる駅ながら、ローカル色の強い駅舎・駅前でした。
それが下写真のように刷新され、列柱と屋根でつくる軒下空間が近代的でも日本的でもあり、非常にいい雰囲気です。

午後3時頃に現場に着くと、既に棟も上がり、ほとんど形になっていました。

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この住宅は、ご夫婦が社会人のお嬢さんと暮らすお住まいです。大人3人が住むということで、食事のスペースを中心としたLDKをつくり、仏間(和室)を連続させました。また、書道の先生をしているご主人は、寝室を兼ねた書道部屋が必要だったので、この畳敷きの部屋も仏間に連続させました。コンパクトにまとまった2階に比して、1階の屋根が東西に長く延びているため、屋根の存在が際立つ姿になっています。

長野での上棟後はいつも、手伝ってくれた大工さんをはじめ、瓦屋さん、設備屋さんなど、職人さんたちとの打ち上げです。上棟で顔を合わせるのが1年に1回ぐらいのペースなので、同窓会のような感じです(笑)

長野に泊まった翌日は、夕方に藤沢で棟上げがあるため、現場での打合せを午前中で終わらせて藤沢へ引き返しました。
2日目は、絵を展示するための建物、ギャラリーの棟上げです。

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建物は、展示室を中心に、受付、談話室、館長室、倉庫などで構成されています。展示室は一般的な住宅よりも高い天井高が求められ、木材の経済性も考慮して4mの柱を使うことにしました。そして、天井高を確保すると同時に木造空間の心地よさも残したかったため、屋根の構造体を室内に見せる形を提案。
さらにギャラリーという性格を鑑み、よりシンプルな架構にするため、住宅では滅多にやらない片流れ屋根にしました。登り梁を3尺ピッチに並べた片流れ屋根は、極めてわかりやすい構造です。

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これは鉄骨の螺旋(らせん)階段です。毎日の昇降を考えると、住宅で使おうと思ったことはありませんが、この建物では、階段に場所を取られたくなかったことに加え、館長室専用の階段ということもあって採用しました。
また、展示室に大きな窓がないため、この螺旋階段は屋根をつくる前に設置しました。試しに登り降りしてみましたが、非日常感があって楽しい階段です(笑)

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棟上げの作業が終わると、簡略化した上棟式を行って解散するのが常ですが、この日は建て主のご厚意で、宴席を用意していただきました。大工さんたちは暑さと疲労でぐったりしていましたが、振る舞われたお寿司とノンアルコールビールで、心なしか元気を取り戻したような気がします。

さてこのギャラリーは、画家・山内龍雄の作品を展示するために計画されました。クライアントは、画家と二人三脚で歩んできた画商の須藤さんです。25年間をともにした同志を一昨年の暮れに亡くした須藤さんは、山内さんのファンに絵を見てもらうため、そして彼の作品を世に残すため、ギャラリーの建設を決めました。
このような強い想いのこもった建物を私たちに託していただけたことは、たいへん嬉しいことですし、これから先の自信にもなります。皆様も完成を楽しみにしてください。

岸 未希亜

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2015年08月13日

お盆休みも営業しております。

コンセプトハウスは、お盆休みの間も、休まず営業しております。
ご見学や新築・リフォーム相談など、お休みを利用してご来場ください。
当日でも、事前にご連絡いただけると助かります。

お気軽にお越しください。
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すだれ越しのお庭の景色も、風情があっていいですよ。

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2015年08月11日

5年の歳月

2010年に鎌倉で建てた家が5年点検の時期を迎えたので、点検に同行しました。2009年に入社した私にとって初めての5年点検です。
「3つのスタディをもつ家」と名付けたこの住まいは、ご主人の仕事部屋である書斎、子供たちの勉強スペース、そして奥様のワークスペースを備えていることが特徴ですが、高台で眺望がよく、お庭が素晴らしいことも大きな魅力です。

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まるで森の中で木に包まれているような外観です(笑)5年の歳月で庭の木々が成長し、竣工時よりも格段に雰囲気がよくなりました。車を使わないご家庭なので、自転車を4台置ける駐輪場を設けていますが、竣工時はやや目立ったこの東屋も、庭に見事に溶け込んでいる印象を受けました。

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竣工時の写真と比べてみると、その差がよく分かります。板壁の色落ちが少し見られますが、時間の経過とともに陳腐になるのではなく、次第に味わいが増していき、この土地に馴染んでいく建物だと思います。

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玄関ポーチから庭を見下ろしたところです。高低差の大きな敷地だったため、庭の中を歩くようにアプローチを蛇行させている点が秀逸です。玄関までの道のりに変化と昂揚感があって、いつ来てもわくわくさせられます。計画してくれたのは、度々ブログでも紹介している造園家の藤木さんです。ここまで立派な庭はそうありませんが、庭や玄関周りがしっかり造られていると、家が何倍もよく見えますね。

お施主様とお会いするのは約1年半ぶりで、先ずは私が1年前から伸ばしている髭に「どうしたんですか」と反応されました(笑)
5年前は中学生と小学生だったお嬢様は、揃って高校生になっています。外出中だったので話をすることはできませんでしたが、お姉ちゃんに続いて妹も私の後輩になっているということで、何だかとても親しみを感じました。私が同じ高校を卒業したのは25年も前のことですが・・・。
ご両親によれば、妹さんは受験に向かって成績が向上し、見事にお姉ちゃんと同じ高校に合格したそうです。子供部屋の外に姉妹のスタディーコーナーをつくったのが、効いたかもしれませんね(笑)

室内は、柱や梁が焼けて落ち着いた色味になりましたが、雰囲気は1年目と全く変わりません。物を増やさず、すっきりと暮らされているためだと思います。

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この家は書斎以外にエアコンがなく、猛暑の今夏、風が無い日は流石に辛かったようですが、夜は1階の和室で寝てみたら、逆に明け方は寒くて起きてしまうこともあったそうです。人によって差があるので、あまり無理をしないでリビングにもエアコンを設置してください、とお話ししました。他にも奥様が現在されている仕事の話や、私の家族の話など、他愛もない会話を楽しむことができました。

また、リビングには旅のガイドブックが3冊も置いてありました。ふつうに仕事のある奥様も、部活や文化祭の準備で忙しい姉妹も、休みを合わせて3人で旅行に出掛けるとのこと。行き先は私もよく知っている場所だったので、お勧めのスポットを教えて差し上げたのですが、先日までドイツに出張していたご主人は、飼っている兎とお留守番だそうで、少し寂しそうでした(笑)

岸 未希亜

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2015年08月10日

夏の体感会~おもてなし&木の時計作り~

残暑お見舞い申し上げます。
真夏日の連続の中のつかの間の雨。からだもほっと一息安らぎましたでしょうか。

8月のコンセプトハウスは、夏の体感会でスタートしました。
軽食は、スローフード、スローライフがテーマの「湘南T-SITE 2号館」から吟味してご用意しました。
杉・桧と漆喰のコンセプトハウスで食していただくものですから、自然な素材・製法で、からだにいいものにこだわりました。

健一自然農園さんの「春のほうじ茶」は、奈良の大和高原で、無農薬・自然栽培で12~13年育まれ、昨春に収穫後一年寝かしたお茶です。
飲んだ時にハッとするスッキリした透明感で、喉の奥の方で柔らかい甘味を感じます。カフェインもゼロに限りなく近く、妊婦さんや赤ちゃんにも安心です。

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お菓子は、箱根応援と、お客様とのご縁が深まることを願って、菜の花ヴィレッジさんの「箱根縁結び 福久や 九頭龍餅」(小麦粉不使用)
餡は北海道十勝産の北海大納言小豆。生地は九州佐賀のヒヨクモチを中心とした餅粉。地元小田原と北海道のじゃがいも。日本の素材だけで、まんまるの形にも癒されます。「美味しい。」のお言葉をたくさんいただきました。

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夏バテ防止にと、千年こうじやさんの「麹だけでつくったあまさけ」は、ノンアルコール・砂糖不使用な無添加発酵食品で、一度味わうとリピーターになる方が多そうです。小さなお子さまにも「これ、美味しい~」と喜ばれました。(写真は、千年こうじやさんのカタログ)

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冬の体感会でもお出しした、Table oginoさんの北海道の有機野菜がごろごろたっぷりのキッシュ&黒糖ケーキもまたまた好評でした。

素材にこだわり、丁寧につくられたものは、美味しくて、こころもからだも喜びますね。

自然素材で丁寧につくられた家の、五感で感じる心地よさにも通じます。

 夏の体感会のイベント、湘南T-SITE Fab Spaceさんとのコラボ企画「オリジナルの木の時計作りワークショップ」には、オーナー様ご家族が賑やかにご参加くださりました。
杉か桧かで、四角、丸、八角形、家の外形で、時計の針の位置を真ん中か左上か選んでいただきます。
みなさまが一生懸命手描きされた絵を、スキャンしてイラストレーターで読み込み、画面を見ながらレイアウトをご相談していきます。

手描きのままの味わい深さがお勧めですが、スッキリしたデザインがお好みでしたら様々なフォントにも差替えできます。
納得のデザインに完成したら、Fab Spaceさんのレーザーカッターマシーンに移動し、画面通りに、杉/桧にレーザー彫刻が施されていくのをびっくり感心しながら針先を見つめて待ちます。
世界に一つだけの、自分でデザインした木の時計が出来上がる工程はワクワクどきどきです。
取出して、選んだ時計の針を付けて、サンドペーパーで周りを磨いたら完成です。
お子さまも大人も楽しめる、新しいものづくりの形ですね。


「レーザー加工で形状が作られていく様子が楽しかった。」
「時計は早速、玄関に飾って、お客様に見ていただいています。」等々、嬉しいご報告のお言葉をいただきました。

ありがとうございました。また喜んでいただける楽しいイベントを企画します。


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2015年07月29日

土佐の町並み

「最後の砦・高知県」の続編です。前回は天守が現存する高知城と、坂本龍馬ゆかりの場所を訪ねました。そして高知市から東へ向かう途中、武市半平太の生家に立ち寄った所までお届けしました。

後半は私のライフワークとも言える「古い町並み」を訪ねます。高知県には重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)が2つあり、両者は比較的近くにあるので一度に回ることができるのですが、先に訪れたのは、武家屋敷が残る武家町の「安芸(あき)」です。

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阪神ファンにはタイガースのキャンプ地としてお馴染みの安芸市ですが、古くから高知市と室戸岬の中間に位置する要地でした。その地名は、古くからこの地を所領していた豪族・安芸氏に由来します。現在の市街地から北に2kmほどの田園地帯に、高さ1mを超える石垣と堀を巡らした安芸城跡と、土居郭中(どいかちゅう)と呼ばれる古い家並みが残っています。

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安芸氏は戦国時代になると、城や屋敷の周囲を土塁(土居)で囲み、防備を固めます。この屋敷町は整然と区分けされ、ウバメガシや竹の生垣を巡らしてあり、今日でも武家町の雰囲気を色濃く残していました。
安芸氏は結局、戦国時代の1569年に長宗我部元親に滅ぼされてしまいますが、長宗我部家も関ヶ原の戦いで失脚し、1600年に山内家(山内一豊)が土佐藩を治めることになります。その際、山内一豊の重臣であった五藤為重が安芸城主となり、安芸氏のつくった町割りをほぼそのまま受け継ぐと、五藤氏が代々治めて明治を迎えたそうです。

土居郭中の少し南側に、「野良時計」と呼ばれる時計台のある建物があります。

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明治30(1897)年頃に畠中源馬という大地主が、分銅も歯車も全て一人で手作りした時計だそうで、日本建築と時計台との組み合わせが和洋折衷でもあり、とても愛らしい感じがしました。当時は各家に時計などない時代だったので、近所の人たちに時刻を知らせたそうです。

その野良時計の脇に、用水路に沿って車がすれ違えないような細い道があり、古い塀や建物が残っていました。

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用水路にガードレールや柵がないのは危険な面もありますが、自治意識の高さと郷愁を感じさせる見事な景観だと思います。昭和63年に放送されたNHK連続テレビ小説「ノンちゃんの夢(主演:藤田朋子)」でロケに使われたという、立派な屋敷もまだ残っていました。

少し離れた所には、岩崎彌太郎(いわさきやたろう)の銅像があり、生家も残っています。

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岩崎は土佐藩の商社である長崎の「土佐商会」で腕をふるい、坂本龍馬がつくった海援隊も金銭面で支えました。廃藩置県後は大阪に出て、後の三菱財閥をつくった幕末屈指の経済人です。

次に訪れたのは、安芸(平成24年に選定)より古く、平成9年に重伝建地区に選定された室戸市の「吉良川(きらがわ)」です。

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ここは古くから林業が盛んで、近世には良質な木材や薪が取れました。特に薪は、火力が強いということで京都や大阪では好んで用いられ、明治期には需要が増して製炭が盛んに行われるようなり、京阪神への廻船業で大いに栄えました。海岸沿いの国道55号線を一本北側に入った道沿いに、在郷町として発展した古い町並みが残っています。

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通りを歩くと、この地方独特の水切り庇を巡らした土蔵が目を引きます。壁の途中に何段もある瓦の庇がそれで、安芸でも見かけた造りですが、吉良川の水切り庇はその段数が多くて圧巻でした。土佐は頻繁に台風が上陸する地域で雨の量も多いため、腰壁は瓦を貼った海鼠壁(なまこかべ)で防備し、上部の漆喰壁には油分を含んだ防水性のある土佐漆喰が使われています。それに加えて水切り庇が風雨を弾き、漆喰壁を守る役目を果たすという訳です。

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通りの北には細い路地があって、町家とは少し違った景色を見ることができます。風雨を防ぐためと思われる石積みの塀が所々に残り、特に丸い石を行儀よく積んだ石塀が可愛らしく、印象に残りました。

ところで、高知滞在中はずっと雨に見舞われ、青空が見られなかったのは残念でした。また室戸岬まで残り約10kmだったので(吉良川町からは室戸岬を見ることもできない)岬まで行きたかったのですが、高松に戻る高速バスに乗り遅れる訳にはいかず断念しました。
それでも高知東部を満喫することができ、十分に満足のいく旅でした。

岸 未希亜

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2015年07月14日

パッシブデザイン

先週、フクビエアサイクルチェーン全国加盟工務店大会に出席して来ました。これはエアサイクル工法に取り組んでいる工務店が、年に1度、東京に集まるイベントで、フクビ化学工業の社長挨拶に始まり、表彰式や基調講演、工務店の取り組み等が紹介されます。

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今年は、初の試みというパネルディスカッションを行うことになりました。そのテーマは「エアサイクルと自然エネルギー活用デザインについて」で、毎年このグループで実施しているデザインフォトコンテストの常連工務店がパネリストに選ばれました。
2010年、2011年と最優秀賞を受賞(「サン住宅モデルハウス」で受賞した2012年も含めると、個人的には3年連続受賞)した神奈川エコハウスの他、2013年から今年にかけて3年連続して最優秀賞を受賞している岩橋建築(愛知県)、コンテストの常連であるみどり建設(福井県)、ここ数年で急速に成長している住環境工房SHIDA(宮崎県)の合計4社です。

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神奈川エコハウスでのセミナーだけでなく、山梨県で開催した木造学校での授業など、人前で話をすることには慣れている私ですが、いずれも自分でレジュメを作成し、マイペースに話を進めることができます。それに対してパネルディスカッションは、聞かれたことに答えなければいけませんし、初体験ということもあってプレッシャーを感じました(笑)
折しも、なでしこJAPANが準優勝に終わった直後でしたし、開始16分で米国に4失点を喫したことや、ポジションチェンジをして試合の流れをつかんだことなど、得意のサッカーをテーマにした方が、饒舌に話せそうです(笑)

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そんなこともあって、テーマである「自然エネルギー活用デザイン」と重なる所が多い「パッシブデザイン」について、事前に改めて調べておきました。試験前の一夜漬けに近い感じがはありましたが・・・

この分野の第一人者とされる野池政宏さんの言葉を借りれば、「いまの平均的な家づくり」は建物と自然を切り離し、設備に頼る家づくりです。一方でパッシブデザインは、「建物が外部の自然環境要素と応答し、建物自体が心地よさを生み出す装置として働く」ようにすること。

そして心地よさの要素は、「冬期における暖かさ」「夏季における涼しさ」「一年を通じての明るさ」「一年を通じての空気環境の清浄さ」の4つに大別されます。
さらに、それらを生み出す具体的な手法(パッシブデザインの手法)は5つにまとめられています。
1)昼光利用
2)日射熱の利用(パッシブソーラー)
3)断熱
4)自然風の利用(通風)
5)日射遮蔽

ここで皆さんもお気付きだと思いますが、神奈川エコハウスの家づくりであり、私がこれまで学んできた設計手法は「パッシブデザイン」なんだということです。
昼光利用や断熱はもちろんのこと、切妻屋根という三角形状の屋根を造り、軒や庇で夏の日射を遮蔽したり、その土地の風の流れを考えた間取りや窓配置にすること。こうして考えた家は、雑誌等で見かけるような見栄え優先のデザイン、尖ったデザインの家とは違い、一見すると何でもないデザインに見えますが、心地よさを生み出す大切なデザインだということを再認識しました。

日射熱の利用(パッシブソーラー)については特殊な手法のようですが、エアサイクル工法は正に日射熱を利用して空気を動かし、夏と冬で自然エネルギーを「調整」する仕組みです。太陽熱温水器を利用したり、日射熱を蓄熱して暖房利用することができれば、鬼に金棒といった感じでしょうか?
ちなみに太陽光発電は自然エネルギーを利用しているものの、快適性をつくり出すために設備に頼っているという構図を考えれば、パッシブデザインに含まれないことは明らかですね。

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パネリストに混じって私の隣にいる方は、パネルディスカッションに先立って基調講演をされた建築家・中西ヒロツグ氏で、「大改造!!劇的ビフォーアフター」に8度も出演したことのある有名人です。
応募した住宅は、フォトコンテストの審査で毎年のようにお会いしているのですが、私自身が本人にお会いしたのは初めてでした。懇親会を通じて親しくさせていただいたので、来年は最優秀賞に返り咲けるかな(笑)

岸 未希亜

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2015年07月02日

一軒家フレンチ

先月のことですが、17回目の結婚記念日を祝う食事をしてきました。
訪れたのは、鎌倉市梶原にあるフレンチレストラン「プランデルブ」です。閑静な住宅街の一画にある、古いお屋敷をリノベーションした「一軒家フレンチ」なので、雰囲気が最高です。

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2年前に訪れた時は雨が降っていたので、少しイメージが違いますが、門構えはこんな感じです。

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記念日当日は週末だったので仕事があり、仕事休みの水曜日にランチを予約することにしたのですが、前の週は満席で予約が取れず、この日も店内は満席のようでした。案内された席は、元々はテラスか縁側だったような、庭に最も近い場所で、「窓際フォト」を撮るには絶好の座席でした(笑)

それでは、一緒に料理をご堪能ください。

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前菜です。妻が選んだ(左)のは「フランス産ホワイトアスパラとその日の鮮魚、サラダ添え」です。私は「アオリイカのソテーと温かい鎌倉野菜のサラダ」を注文しました。フランス料理は彩りが綺麗で、食べるのが勿体ないぐらいですが、イカってこんなに柔らかいの?と思うほどアオリイカが美味しかったです。

本日のポタージュは「とうもろこしの冷製ポタージュ」でした。コーンスープではあるのですが、いつも食しているそれとは大きな違いがありました(笑)

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肉料理(魚料理)です。妻が選んだ(左)のは「ヴァンデ産ウズラのポワレ、トリュフ添え」です。私は「湘南みやじ豚と新じゃがいものロースト」をいただきました。豚肉のステーキのようなボリューム感があり、私の胃袋も大いに満足しました。

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デザートは記念日のメッセージ付きでしたが、漢字なのには驚きました。ヨコ文字だと装飾のように見えて気になりませんが、漢字は照れ臭い感じがしますね。
妻が選んだ(左)のは「ライチ風味のブランマンジェにグレープフルーツのグラニテ添えて」です。私は「マンゴーのシブストとショコラのソルベ」にしました。
「シブスト」はケーキやパイ生地の上に、カスタードとメレンゲを合わせたクリームをのせ、表面を焦がしたカラメルで覆ったものです。以前、家族で入った洋菓子店で「シブスト」を食べた時、娘が目を丸くして「美味しい」と言ったのが面白かったので、娘に自慢するために選んだようなものですが、もちろん美味しくいただきました。

このレストランは、2012年秋に放送されたテレビドラマ「最後から二番目の恋」で、中井貴一と小泉今日子が食事をするシーンに使われました。私たちも、鎌倉を舞台にしたこのドラマを見て「来ちゃった客」の一組でしたが、たった2度目でも、通い慣れたような落ち着きが生まれるのが不思議です(笑)

岸 未希亜

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2015年06月23日

雑誌掲載のお知らせ

現在、書店に並んでいる「Home & Decor BY THE SEA 06(ホームアンドデコール バイザシー)」に、当社で建築した住宅が掲載されました。

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海外のテイストを採り入れた住宅や、海辺のリゾートを感じさせる住宅が取り上げられることの多い雑誌なので、神奈川エコハウスの住宅はやや特異な存在なのですが、今回の住宅はいつもと違います。

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ガルバリウム鋼板を使った真っ黒な外壁も異質ですが、屋根の軒も出していません。軒を出さない箱のような形にしたい場合、外壁を汚れにくいガルバリウム鋼板にするのは理に適っています。

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また、真っ黒な外壁はマニッシュ(男性的)な印象を強くするので、軒とベランダで囲まれた南側、勝手口のある西側だけは白く塗装し、優しい印象にしました。南面は軒、庇、ベランダによって、日中の日差しを抑制するパッシブデザインです。

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そして室内は、白い壁と天井がどこまでも広がり、柱や梁が少しも見えないすっきりとした空間なのです。そんな訳で、この家のタイトルは「黒い箱の白い家」にしました。

昨年の9月に完成見学会をした住宅なので、覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、隣の敷地には、5年前に当社で建てた両親の家があります。その娘である建て主の希望は、木をふんだんに使うことよりもモダンなデザインにありました。当社の得意とする木組みの家とはテイストが違いますが、ご両親が神奈川エコハウスの設計や施工を信頼してくださっていたお陰で、モダンな家にもチャレンジさせていただきました。

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1階は、ホームパーティー等で家に人を呼ぶことが多いため、広いリビング・ダイニングに加えて畳コーナーを設けたり、キッチンの対面にバーカウンターを設けるなど、幾つもの居場所を用意しています。

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ご主人からは「どこでもいいので」と前置きしながら、「水槽を飾る場所と水替えのできる流し」の要望があったため、LDKと連続しながら少し落ち着ける場所を確保し、「広縁」と名付けました。

2階には小さな吹抜けがあって、リビングの開放感と風通しを助けています。

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南側はご両親の家があるので眺めはよくありませんが(笑)、北側は隣に栗畑が広がり、遠くに大山をはじめとする山並みを望むことができるため、横長の窓を設けてピクチャーウインドウにしました。

このように、当社のスタンダードとは異なる部分が多くありますが、建て主が望むイメージを実現するために、設計者も監督も大工も、頭と手をフル回転させました。神奈川エコハウスは「シンプルモダンもできる」ことを、ぜひ覚えておいてください(笑)

岸 未希亜

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2015年06月17日

最後の砦「高知県」

今月初めに、法事で広島へ行く機会がありました。始発の新幹線でも法要に間に合わないので、前日入りすることにしたのですが、すぐに高知県へ寄り道することを思いつきました。広島県から随分と離れているのに、「どうして高知県?」と突っ込まれそうですが、その理由は明確で、47都道府県の中で私が足を踏み入れたことのない唯一の県だったからです。46番目の沖縄県を初めて訪れたのが2006年だったので、9年越しの悲願達成です(笑)

高知県と言えば皆さんは何を思い浮かべますか?よさこい祭り、鰹の一本釣り、四万十川など色々ありますが、やはり有名なのは「坂本龍馬」ではないでしょうか。世間でイメージされる英雄「坂本龍馬」は、司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」によって確立されたことは、あまりにも有名です。

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私も司馬遼太郎の小説にはまって、次から次へと図書館で借りて来ては読んだことがあります。家の本棚ではないのが少し痛いところですが(笑)、「世に棲む日日」「翔ぶが如く」「菜の花の沖」等が好きです。もちろん「竜馬がゆく」を読んでから、坂本龍馬にも関心を持つようになりました。そんな訳で今回の高知行きは、47都道府県の踏破に加え、土佐藩と坂本龍馬の歴史を辿る一人旅。実にワクワクします。

交通費を抑えるため、往路は高速バスを利用しました。夜10時過ぎに横浜を出発して東名高速で関西へ向かい、淡路島を経由して徳島県に渡ります。午前7時半頃に高松中央ICのバスターミナル(高速を降りた所にある綺麗な施設)で高知行きのバスに乗り換え、午前9時過ぎに高知駅に到着しました。後で調べると、横浜駅からも高知に直行するバスがあったようです(苦笑)

駅前でレンタカーを借りると、先ずは高知城に向かいました。

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以前から何度かブログでお伝えしているように、私は日本の城が好きで、天守が現存している12城のうち、これまでに10ヶ所を見て来ました。残りは愛媛の宇和島城と、ここ高知城なのです。

土佐国(高知県)は長宗我部元親によって統一されましたが、関ヶ原の戦いに敗れた長宗我部家に代わり、尾張出身の山内一豊が土佐藩の初代藩主に任ぜられます。

kochijo2.jpg左:城の入口にある山内一豊の銅像 右:城内にある千代の銅像

この山内家とその家臣を「上士」と呼び、長宗我部の遺臣を「郷士」として区別し、武士の間に序列をつくったことが土佐藩の特異性で、幕末の騒乱にも影響を及ぼしました。山内一豊とその妻である千代の物語は、司馬遼太郎の作品「功名が辻」で生き生きと描かれ、上川隆也・仲間由紀恵主演で2006年のNHK大河ドラマにもなっています。

高知城は標高42mの大高坂山を利用した平山城(ひらやまじろ)で、城の周囲に堀を巡らした堅牢な造りをしています。堀を渡る出入口は4ヶ所ありますが、敵が最初に押し寄せるのが、城の表に位置する追手門です。

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4間×11間もある大きな渡り櫓門越しに見える天守閣は、絵になります。

高知城は石垣も立派で、高低差のある城内に数多くの石垣が造られています。

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石工技術に定評のある近江国穴太(おうみのくにあのう/滋賀県)出身の技術者は、全国の大名に召し抱えられたそうですが、高知城もその一つです。

二の丸から天守のある本丸を見ています。この広いスペースには、かつて藩主の居住空間である二の丸御殿がありました。

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望楼型天守の典型とされる高知城天守は、最上階に廻縁・高欄が付いた典雅な姿をしています。南は境川、北は江ノ口川を天然の外堀とした東西に長い城下町が整備され、その眺めは見事の一語に尽きます。

kochijo9.jpg 東側の眺め。城下町は東西に長い
kochijo10.jpg 南側の眺め。意外にも南に山がある

城の周辺は「郭中」といって、重臣や上士と呼ばれる武士層が居住していました。その東側は商人・職人などの町人が暮らす「下町」が広がります。城の西側は奉公人や「郷士」と呼ばれる下級武士が暮らす「上町」で、坂本龍馬の家も上町にありました。

城を出て「上町」にやって来ました。土佐電鉄の路面電車が走る広い通りに面して「坂本龍馬誕生地」の石碑があります。

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そこに坂本龍馬の生家があったということですが、道が拡幅されて様変わりしているため、なかなか想像力が働きません(笑)

1本裏の通りには、「龍馬の生まれたまち記念館」が建っています。

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薩長同盟や大政奉還の立役者としての龍馬は、桂浜を見下ろす「坂本龍馬記念館」に展示されていますが、ここでは少年時代や家族とのエピソードなどが紹介されています。建物も外壁に土佐漆喰を塗ったヒューマンスケールの木造建築で、町に溶け込んでいました。

高知の城下町から車で20分くらいの所に、龍馬の聖地として知られる「桂浜」があります。

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小雨が降ったり止んだりの天気だったため、青い空と海原が見られなかったのは残念でしたが、有名な坂本龍馬の銅像を拝むことができました。周辺の地形を知らないので、砂浜のどこかに立っているのだろうと勝手な想像を働かせていたのですが、予想外の場所に銅像があって腑に落ちました。

桂浜から東へ移動している途中、「武市半平太旧宅」という案内版を見つけて立ち寄りました。

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坂本龍馬と比べると、武市半平太(たけちはんぺいた)は少しマニアックかもしれませんが、土佐では秀才の代名詞です。
龍馬と同じ土佐の郷士に生まれ、勤勉実直で文武に秀で、人望も厚かった半平太は尊皇攘夷運動に傾倒し、土佐勤皇党を結成して土佐藩の藩政を一時掌握するまでになります。しかし「安政の大獄」で形勢が変わり、最終的には切腹を命じられて非業の死を遂げる人物です。

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武市半平太の生家は、家主が変わった現在も実際に人が住んでいます。元は茅葺き屋根だったであろう奥の母屋は、半平太が住んでいた頃から残る建物ということなので築150年以上です。山間の風景と相まって、時間が止まっているような錯覚に陥ったひと時でした。(つづく)

岸 未希亜

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2015年06月08日

世田谷T邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「世田谷区T邸」の見どころを紹介します。

建て主と初めてお会いしたのは、約9ヶ月前の構造見学会でした。既に幾つかの住宅会社を回られていたので、住宅に関する基礎知識を身に付けられ、敷地に対するお考えやご自身の想いが明確になっていました。見学会では建物を見るというよりも、ご自身の計画について熱心に語られ、相談会のようになっていたことが思い出されます。
その数週間後、新築住宅と築4年住宅のダブル見学会にも参加された建て主は、特に築4年のお住まいを見たことで、当社への評価を高めたそうです。

敷地は東京都世田谷区でありながら、川沿いに遊歩道のある自然環境に恵まれた立地で、閑静な住宅地の端に位置していることが、かえって落ち着きのある好ましい環境になっていました。

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一方で敷地形状は南北に細長く、斜線制限などの法規制から建物の形や大きさは自ずと決まってしまう条件です。建て主が他の会社に作ってもらったプランを見ても窮屈な印象は否めず、外観にいたっては絶望的な姿をしていました。

先ずは、前述の河川と遊歩道に向かって視線の抜ける場所があり、反対側に小さな森があることにも魅力を感じていた建て主の想いを共有するところからスタート。

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その自然を最大限に享受するため、1,2階ともに、南西のコーナーと東側に窓を設けました。コーナーの2面を開口することで開放感が増し、景色を室内に取り込みます。写真では室内からの眺めが伝わらないので、ぜひ現地で確認してください。

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間口は2間半しかなく、LDKに十分な広さが取れないこともあり、キッチンは対面でなく壁向きの配置にしました。調理や片付けをしながら緑を眺められる気持ちの良い場所です。
襖を引き込むことでLDKと一体になる小さな和室があり、空間の広がりを感じる一方で、襖を閉めると小ぢんまりとして、逆に居心地の良さを感じます。

2階はLO-CO HOUSE方式で、登り梁を使って野地板を天井にした木質感あふれる空間です。

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寝室の壁は、コテ跡を残しながら漆喰入りの珪藻土を塗っているので、漆喰とは違った温かみを感じることでしょう。窓からの眺めは1階以上に良いので、これも現地でご覧ください。

奥様がタイルやクロス選びを楽しまれたのもポイントです。

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1階トイレの手洗いは、モザイクタイルで正面の壁一面をアクセントにしました。2階洗面室は、メキシカンタイルという一風変わったタイルを使って洗面台を造っています。予備室の収納建具と、2階トイレの壁には輸入クロスを貼ることで、華やかな雰囲気をつくり出しています。

洗面室と浴室のすぐ外にバルコニーがあるのも特徴です。

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バルコニーは物干場なので、洗面室から直に出入りできる動線はとても便利ですし、浴室の窓前に鉢植えを置くなどして目隠しをするのにも効果的です。
そして、このバルコニーが唐突に取り付けられた印象を与えないよう、外壁を凹ませてバルコニーを挟みこむ形にしました。この家のタイトルを「バルコニーを挟みこむ家」と名付けたのは、外観を形づくる上でも重要だったこの部分に敬意を表してのものです(笑)

現時点では未完成ですが、見学会の際には外構もほぼ完成していると思いますので、室内からの眺めと併せて外から見た全体像もお確かめください。

岸 未希亜

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2015年06月05日

今週のお花

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5月は、本当に暑い日が続きました。
余りに暑すぎて花瓶のお花の持ちが良くない為、例年より少し早目ですが鉢植えに切り替えることにしました。
お花屋さんも、例年5月はお花が売れ時期なのに、すぐにお花がしなってしまって困りますと嘆いていました。

コンセプトハウスの玄関には、センニチコウ、アンゲロニア、イソトマ、センパベゴニア、ラミウム、アイビーを、リビングには、日々草トレニア、サルビアを飾りました。

今週は、センニチコウについてです。
花名の千日紅(センニチコウ)は、百日咲き続けるといわれるサルスベリ(百日紅)よりも、この花が長く咲くことに由来します。乾燥させても
千日以上(3年以上)色あせないことからドライフラワーによく用いられます。
中国では昔、女性が簪(かんざし)に使ったと言われているだけあって、簪のように丸くて鮮やかな色の可愛いお花です。

今週末の神奈川エコハウスのイベントは、13日(土)第3回「住まいの教室」、14日(日)世田谷区T邸 完成見学会を開催いたします。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

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2015年05月31日

露地を景色にする坪庭

昨年の4月にお引渡しをした鎌倉の家についてのお話です。隣家の影響を受けやすい東西に細長い敷地だったので、採光・通風を得るために、中庭を囲んで複雑な平面形状にした住宅でした。

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玄関までのアプローチや植栽が、家の雰囲気と見事に調和しているため、3倍くらい家がよく見えます(笑)

外構は引越し直後に完成したのですが、「どのような中庭にするか」を建て主が大いに迷われて、住みながら考えることになったため、中庭の工事はお預けとなっていました。
年が明けてから坪庭が完成したということを聞き、3月に一度訪問しました。作庭したのは、コンセプトハウスの庭をはじめ、多くのお客様の庭を手掛けている藤木さんです。

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奥様が茶道を嗜まれており、茶室としての使用を考慮した和室があるため、中庭は茶室における「露地」の役割が与えられています。限られた広さのため、本格的な露地のようにはいきませんが、この坪庭は茶室に向かうための苑路(えんじ)を中心に計画されています。

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苑路には、飛石(とびいし)や延段(のべだん=石畳)が配されていますが、その組み合わせが一つの景色になっていて、見る者の目を楽しませます。
苑路の途中にあるのが蹲踞(つくばい)と呼ばれる水鉢で、露地の設備の中で最も重要なものです。蹲踞には、穴を開けた自然石が用いられることもありますが、侘びの表現として、石灯篭(いしどうろう)の台座や石臼などが積極的に転用(廃品利用)されたりします。この蹲踞もどこかで拾って来たのかと藤木さんに尋ねると、あちこち探して買って来たものだと言っていました(笑)

一年点検で4月に再訪した後、雑誌の取材で5月にも訪問したのですが、新緑の季節となったため、3月とは違った景色が見られました。

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植栽は落葉樹が中心なので、葉が芽吹き、花を咲かせ、青々と茂り、木によっては紅葉し、そして落葉します。つまり庭の木々から四季の変化が感じられるのです。また、写真を比べるとよく分かりますが、晴れ、雨、曇りといった天気の違いも景色に影響を及ぼします。

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リビング・ダイニングや和室がこの坪庭を取り囲んでいるため、家の中にいても季節感があり、昨夏の暮らしぶりを伺うと、エアコンは必要なかったとのこと。風通しの良さも折り紙つきです。

この日は撮影のために、風炉釜(ふろがま)、茶道具、風炉先屏風(ふろさきびょうぶ)などを準備していただきました。

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和室には、お点前のために炉が切ってあるのですが、5月から11月は炉を閉めて風炉(ふろ)を使います。これは「寒い季節にはお客様に炭を近付け、暖かい季節にはお客様から炭を遠ざける」という、もてなしの心遣いだとのこと。
きめ細やかな日本人の対応が外国人に喜ばれる昨今ですが、私たち日本人自身も、改めて先人から学ぶことがありそうです。

岸 未希亜

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2015年05月27日

旧東海道巡り

5月も下旬となり、ニュースでは「熱中症に注意」という言葉が流れるようになりました。
GWからは3週間が経ちましたが、今回はそのとき訪れた旧東海道の蒲原(かんばら)宿・由比(ゆい)宿について書いてみたいと思います。
 旧東海道は日本橋から始まり、53宿を経由して京都の三条大橋に至ります。神奈川エコハウスからほど近い藤沢宿は、日本橋側から数えて6番目の宿に当たります。蒲原宿は15番目、由比宿は16番目で、この2宿は静岡県の旧清水市(現在は静岡市)にあります。どちらも海に近いところで、特に由比宿はすぐそこが海なので、現在は駿河湾で採れる桜えびを扱う店が多くあります。

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由比宿正雪紺屋


まず最初に訪れたのは由比宿です。写真は昔、染物屋をやっていた家で、中には当時の染色甕(かめ)が残っています。他にも東海道広重美術館などがあり、見どころは多々あるのですが、自分が歩いて特に気になったのは、通り沿いの建物の屋根周りの造りで、建築用語では「懸魚(げぎょ)」と「出桁(でげた・だしげた)」という部分です。基本的に、旧街道沿いの建物にはよく見かける造りですが、観光案内パンフレットにも説明が書いてあるくらいなので、この地域に多く見られる造りだと思います。

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懸魚と出桁


懸魚とは、「破風(はふ)の拝みの下に、またその左右につける装飾。横木、桁の先端を隠す。」とあるように、上の絵の真ん中辺りに見えている少しうねりのある装飾のことです。建物それぞれでデザインが違っていて、当時の人々の趣味を感じました。
また、出桁とは、「軒下の化粧(かざり)で最初は、軒を支えたり、補強する為に設けられましたが、後にもっぱら飾りを目的に設けられるようになりました。」とあり、絵の中では3組の腕木が1本の長い木を支えているところの造りを指します。こちらも建物によって、腕木の先端を装飾したり、2段にしたりと様々です。

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懸魚と2段に組まれている出桁


次は蒲原宿です。この宿では、見学できる家が多かったのですが、特に志田邸が私の印象に残りました。

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蒲原宿志田邸


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箱階段


入ってすぐ、当時は店にあたるところに箱階段がありました。箱階段は、階段の下の有効利用として作られたと言われますが、よくよく眺めてみると、しっかり隅々までデザインされていて微笑ましく感じました。

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醤油工場


庭を抜けた奥には東海道に唯一残る江戸期の醤油工場がありました。屋根の部分はトタンが張られていて、少し残念ですが、小屋組は見事なものでした。

最後に、志田邸の館長に伺ったお話を披露します。よく浮世絵にもあるように、「東海道53次」と言って、東海道には53宿あるのが一般的な認識となっていますが、京都から大阪の高麗橋までの間の4宿が江戸時代初期に追加され、東海道として管理されたのは57宿であったということです。このお話を聞き、追加された4宿に少し興味を持ちました。機会があったら、行ってみたいと思います。


坪田 将浩

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