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2016年04月24日

春休みの体験

タイムリーな話題に先を譲っていたら、春休みの話が随分と後回しになってしまいました。この春休み、家族でちょっとした体験をしてきました。

一つは「フォレストアドベンチャー」という、森の中に作られたスケールの大きなアスレチックです。一般的なレジャー施設は大規模な開発を伴うため、どうしても自然を破壊してしまいますが、あるがままの森を活かしたこの施設は、環境への負荷を最小限に抑えられている点に好感が持てます。

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これはフランスの会社が始めた「自然共生型アウトドアパーク」で、元々はスイスの企業研修用に作った施設だそうです。評判が良かったので一般開放すると、フランス国内で人気が広がり、現在では世界中に同じような施設が作られているとのこと。このフランスの会社と業務提携をして日本で造られているのが「FOREST ADVENTURE」で、フランス語で「La foret de l'aventure」というのを英語表記にしています。

2006年、富士山麓にオープンした第一号パークがビジネスとして成功し、その収益の一部を森林整備費にあてる「持続可能な森林管理モデルの実験的施設」になったそうで、その後は日本全国の森に施設が増え、現在では北は新潟県から南は沖縄県まで、19ヶ所にパークが作られています。
私たち家族がやって来たのは、「小田原こどもの森公園わんぱくらんど」に隣接する「フォレストアドベンチャー・小田原」です。

自然に生えている樹木を利用したコースが、地上4~6メートルぐらいの高さに張り巡らされており、ここを自らの手と足を使って前進します。専用のハーネスを装着し、命綱をセーフティライン(ワイヤー)に繋いでいるため、万が一足を滑らせてしまっても地面までは落下せず、途中でぶら下がるようになっています。

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しかし命綱があると言っても、地上3階に相当する空中を歩くのでスリル満点です。高所恐怖症の人には信じられない光景でしょうね。

コースは難易度に応じて3種類(アドベンチャー、ディスカバリー、キャノピー)に分けられ、アドベンチャーコースは「小学4年生以上もしくは身長140cm以上」、ディスカバリーコースは「小学1年生以上かつ身長110cm以上」と利用条件が決められています。ほとんどのパークには1種類のコースがあるだけで、「小田原」にあるのはディスカバリーコースです。難易度の高いアドベンチャーコースは、すぐ近所の「箱根」にあります。

ディスカバリーコースなので、大人には比較的優しいコースでしたが、小学1年生の女の子には歩幅が合わなかったり、手が届かなかったりして、怖い思いもしたようです。それだけに完走した時の達成感、充実感は大きく、自信に満ちた顔つきになっていました。

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また、ジップスライド(高い木の上から滑車を使って長い距離を滑り降りるアトラクション)が8つもあり、ターザン気分を何度も味わえて爽快でした。
「小田原」は「子供と大人が最初から最後まで一緒に楽しめる、国内初のコース」ということなので、私たち家族にはぴったりでした。ぜひ皆様も一度体験してみてください。

もう一つは「とんぼ玉体験」です。「とんぼ玉」とは穴のあいたガラス玉(ビーズ)のことで、古代エジプトの遺跡からも発見されたほど古い歴史があり、日本でも古くから装飾品として重用されました。
ガスバーナーの火でガラス棒の先を溶かし、美しい模様入りのとんぼ玉を作る体験コースに、妻と長女が挑戦です。

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すぐ横で手取り足取り教えてくれてのことですが、とても綺麗なとんぼ玉が出来上がりました。

岸 未希亜

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2016年04月19日

吉田桂二先生の思い出(2)

 2000年代に入ると、吉田先生主催の木造建築学校が始まった。当社には、この学校で腕を上げた社員が現在8名在籍中(うち1名は元講師)。私は学校に参加したことはないが、先生とクライアントとの打ち合わせには、機会あるごとに同席するという経験を持っている。更には、施工中の現場にての数々のアドバイスを社員と共に受けることができた。数え切れない程の回数である。
 吉田先生には、先生の携わった建築物を案内していただいたりもしたが、ある時はパリまで渡った。1993年のことと記憶している。

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パリで個展を開くということで、その「お手伝い」にという予定だった。10日間程の期間であったと思うが、実際には「お手伝いできること」はほとんどなく、逆に、旅慣れている先生に現地を案内していただいたという顛末。その時のパリ個展で購入した絵が上のものだ。
 先生は、国内においては東京で毎年11月に個展を開かれており、実に1980年代から2014年まで続いた。私は、1990年頃より最終回の2014年まで毎回来場した(と自分では思っている)。おかげで三十数点にものぼるコレクションを得、内数点をごく親しい知人に譲ったものの、今でも二十数点を有しており、一部が私の執務室に掛かっている。
 個展当日は先生とお互いの近況報告をするのだが、2009年11月からは必ず一つのことが話題に上がるようになった。

 2009年初夏の爽やかなある日、私は東京飯田橋にある、吉田先生が代表役員である連合設計社の先生の執務室にいた。長いお付き合いであったものの、執務室に入ったのは数回しかない。この日の先生は、白いシャツに蝶ネクタイというダンディな出で立ち。執務室で見る先生は、いつにも増してオーラがすごい。外でお会いする時とはまた違ったオーラだ。通り一遍の挨拶の後、緊張してソファーに浅く腰掛けていると、対峙していた先生はタバコを取り出して一服し、煙をゆっくりと吐き出してニッコリ笑いながらこう言った。「業が深いというか・・・」、愛弟子、岸未希亜の、当社への移籍を正式に了承された瞬間だった。私の隣には、至って飄々とした風情の岸君が座っていた・・・
 以来お会いするたびごとに、つまりは2009年11月の個展から2014年11月の最後の個展までの6回ということだが、先生の第一声は「岸くん元気?」になった。

下平 勇
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2016年04月13日

雑誌掲載のお知らせ

ML[モダンリビング]という住宅雑誌をご存知でしょうか?
1951年に『婦人画報』の別冊として創刊され、「豊かな暮らし」と「住宅のあり方」を提案してきた『モダンリビング』は、今年65周年を迎える歴史ある住宅雑誌です。発行者であるハースト婦人画報社のホームページに「家とインテリアのラグジュアリー住宅誌」と書いてある通り、建築家が設計する美しい住宅や、贅を尽くした豪邸ばかりが掲載されています。
そんな訳で、神奈川エコハウスとは縁のない雑誌という認識でいましたが(笑)、現在書店に並んでいる「モダンリビング226号」に、当社で建築した住宅が掲載されました。

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今号の特集が <21世紀の「木の住宅」>ということで、「モダンリビング」では珍しく木質感のある住宅が多く取り上げられていますが、そこに取り上げられている訳ではありません。
同誌では毎号、巻末に「身近な建築家」を紹介するコーナーがあるのですが、昨年、その特別編として工務店を紹介したところ、読書から大好評だったとか。その続編に当たる「身近な工務店」として登場しています。

何度か原稿を書いたことのある「建築知識ビルダーズ」編集部からの紹介ということでしたが、モダンリビング編集部から掲載の依頼があった時は驚きました。
いただいた企画書には、「現場力だけでなくデザイン力に長けた工務店が増えているという現状を受け・・・・・素敵な住宅を多く手掛けられている数社のみにお声掛けさせていただいております」と書いてありました(笑)

今回は新たに取材をせず、撮影済みの住宅から掲載案件を決めたのですが、「流石はモダンリビングだな」と思ったのは、掲載案件を自薦では決められなかった点です。候補となる住宅を数件ピックアップして編集部に送り、彼らが掲載する住宅を選定する形でした。
どの家が掲載されているかは見てのお楽しみです。ぜひ書店に行って手に取ってみてください。


話は変わりますが、先日長野に出張した時、ちょうど桜が見頃だったので、善光寺の東隣りにある城山公園(じょうやまこうえん)に連れて行ってもらいました。

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花見と言えば、桜の木の下に敷き物を敷いて場所取りをするのが定番ですが、ここはちょっと変わっていて驚きました。公園内にプレハブの花見茶屋が軒を連ね、暖かい小屋の中で酒を呑むのです。夜はまだ寒い長野には合理的ですが、全国的にも珍しいそうです。

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窓の外には桜が咲いているのですが、室内が明るくてよく見えませんでした(笑)

岸 未希亜

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2016年04月11日

山内龍雄芸術館 開館

桜が散り始め、新学期が始まりました。
日差しも徐々に強くなってきましたね。
どこかにお出掛けしたくなるような陽気です。

先日お引き渡しをしました羽鳥の「山内龍雄芸術館」が遂にオープンします!
4月16日(土)から開館です。
詳しくはHPをご確認下さい。 (休館日もご確認下さい。)
http://www.yamauchitatsuo.net/

当社では施工は勿論の事、オーナー様の作品展示会を開催させて頂いたこともあって特別企画を計画しました!
山内龍雄氏と二人三脚で歩んできた館長の須藤さんのレクチャー付鑑賞会です。
作品に関するストーリーを聴きたい、須藤さんとお話ししてみたい、という方必見ですよ。

5月16日(月)11時~ 山内龍雄芸術館にて開催です。
当社オーナーの方、その同伴者の方は、ご招待いたしますので奮ってご応募下さい。
作品を出展された方、今度は山内龍雄氏の絵をご覧になりませんか。
ご連絡お待ちしています。
また、一般のご希望の方でも先着5名様に限り、チケットをプレゼントいたします。
皆様のご応募お待ちしています!
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2016年04月07日

サクラ満開

桜の花は、寒い冬にしっかり休眠し、暖かくなる春に「休眠打破」を行って花を咲かせます。したがって寒い北日本ほど開花から満開までの日数が短く、温暖な地域は満開までに1週間程度かかるそうです。しかし今年のように暖冬の場合、「休眠打破」が不十分になってしまうため、関東地方の桜はなかなか満開を迎えませんでした。それに加えて今年はすっきりしない天気が多く、気温が上がらない日も多かったので、「お花見日和」と呼べる日があまり無かったように思います。

お花見と言えば、皆様の家の周りにもサクラの名所が幾つかあると思います。私の狭い行動範囲の中では、日本大学湘南キャンパス・日大藤沢高校の辺りのサクラが綺麗です。

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20年前に生物資源科学部となりましたが、昔は農獣医学部と呼ばれていた所で、キャンパスの向かい側には付属農場があります。敷地内のサクラが綺麗なため、イーゼルを立てて写生をしているグループもいました。

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その数日前、実家に顔を出した時に、母と娘と一緒に花見散歩をしました。サクラの名所という訳ではありませんが、実家の近くでは誰もが知っている所です。

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県営団地の間を抜ける1本の道と、両側に連続する桜並木。1970年代の香りが残る印象的な風景ではありませんか?
「サクラ満開」の記憶はほとんど残っていませんが、小学生の頃によく歩いていた場所なので、私の中に深く刻まれている風景です。特別な風景という訳ではありませんが、自分にとっての原風景の一つに違いありません。

岸 未希亜

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2016年04月05日

吉田桂二先生の思い出(1)

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 吉田桂二先生が昨年12月に亡くなられてから4ヶ月がたった。その間、建築雑誌をはじめとして様々な媒体にて先生の追悼記事を読んだ。そのたびごとに蘇る記憶の数々がある。
 1980年代の中頃から1990年代の終わりにかけて、当社主催の「住まいと健康のゼミナール」のメイン講師をお願いした。数にして30回余り。多忙な日程を縫ってのことであった。加えて、講演会の後の懇談会にもほぼ毎回参加いただけた。4~5名といった少人数での会。実に多方面にわたるお話を伺うことができた。薫陶は、今も当社のなかで生きている。
 写真はその時のもの(1990年頃)。写真左は、当時の当社社長であった父、下平信治。吉田先生とは同じ年齢。父の方が6日間だけ早く生まれている。出身地も近い。先生が岐阜、父が伊那谷。更には戦後二人共、東京に上京している。先生は東京美術学校に、父は、旧制東京府立二中が都立立川高校になり編入。二人は良く気が合っていたようで、先生は父のことを「長野の周恩来」と評していた。風貌が似ていると思われていたのだろうか・・・

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 講演会は湘南を中心に時には横浜で開催された。先生の著書「間違えだらけの住まいづくり」「見直しの住まいづくり」をベースにしながら、先生が設計された住宅をスライド上映するスタイル。ソフトな語り口に加え、ユーモアにあふれた肩のこらないものであった。次第に聴講された方々の中から自宅の設計を希望される方々も現われてきた。全ての話が成就するという類の事ではないが、最終的に8棟の住宅が実現した。
 実に印象深いことがある。クライアントとの初期の打ち合わせの局面で、打ち合わせ終了後、それこそつぶやかれるように「惚れてもらえたようだから・・・うまくいくでしょう・・・」と話されたことが度々あった。大先生にしての「惚れてもらえたようだから」は、当時若かった私にとって衝撃的だった。以来、まずは「惚れてもらえるかどうか」が社訓となっている。

下平 勇
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2016年03月29日

住まいの景色

年度の変わり目ということで、当社では3月や4月にお引渡しをする住宅が比較的多くあります。一方で私が担当したものでは、昨年から築5年を迎える住宅が増えて来ました。そんな訳で今年の春に5年点検を迎える住宅は多く、これに1年点検と2年点検が重なるため、初めて迎える定期点検ラッシュです(笑)
建て主の皆様にはたいへん申し訳ないのですが、これまでのように、全てのお住まいに伺うことは難しくなりそうです。

そんな中、久しぶりに打合せの入らない土曜日を確保できたので、横浜市港北区にある住宅の5年点検に同行し、併せて比較的近くにある2軒のお住まいを訪ねました。どちらも先日開催したオーナー作品展に出展していただいた建て主で、その時の作品を返却するのが第一の目的でしたが、訪問するといろいろなお話が聞けるとともに、新しい発見があるのが楽しみです。

1軒目は引渡しから3年8ヶ月が過ぎたお住まいで、事例紹介にも登場しています。

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2年点検以来の訪問なので、家にお邪魔して近況報告などをしましたが、リビングに大小の旅行トランクが並んでいたので話を聞くと、今夜の飛行機でハワイに行くとのこと。「えっ。すいません、忙しい時に」などと恐縮しつつ、40分ぐらい話し込んでしまいました。母子3人と奥様のご両親とで遊びに行くのだそうで、留守番のご主人は羨ましそうにしていました。
リビングには、2年前には置いていなかったソファーやギャベがあり、壁にはペーパークラフトの「トナカイの首」が掛かっていたりして、思わず写真を撮らせてもらいました。出展していただいた年賀状も毎年凝っていて、いつもながらに遊び心のあるご夫婦です。

2軒目はもうすぐ築5年を迎えるお住まいで、「方形架構のアンティークモダン」として事例紹介に登場している住宅です。竣工は2011年ですが、2009年の秋にご来社いただいて計画が始まり、これまで実現した住宅のオーナーの中では最も古い(と言ってもたかだか6年半ですが)お付き合いです。

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1年前ぐらいから絵を描くことを再開されたという奥様は、先日の作品展に絵画を出展してくださいましたが、ご自宅には別の絵画展で賞をもらったという絵が飾ってありました。池のほとりに生えた桜の木に緑が生い茂る「夏の桜」を描いた絵で、スケッチを何枚も描いた話や、独特の構図を決めた話などを聞かせてもらいました。柱を隠した白い壁の家なので、絵がよく映えます。
ご夫婦は「カフェと陶器の店を開きたい」という夢をお持ちのため、訪問するといつもコーヒーを入れておもてなししてくださいます。この日も専用の陳列棚からカップを選んでいただき、美味しいコーヒーをご馳走になりました。

岸 未希亜

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2016年03月21日

スケートの夢

3連休のうちの一日だけ休みを取り、家族で出掛けて来ました。週末に休みを取るのは正月休み以来のことで、家族サービスの面では0点の父親です。

今回行って来たのは、相模原市の淵野辺公園内にある銀河アリーナです。夏はプール、冬はスケート場として親しまれている相模原市の施設で、隣にはプロ野球の試合も行われるという、立派なスタンド付きの野球場がありました。

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神奈川のスケート場と言えば、新横浜スケートセンター(新横浜プリンスホテル)や、昨年末に「横浜銀行アイスアリーナ」としてリニューアルオープンした、東神奈川の旧神奈川スケートリンクが思い浮かびます。
私の初スケートは、閉園した横浜ドリームランドの屋外リンクでした。ご存知の方、懐かしい想いを抱く方も多いと思います。私は高校生ぐらいの時に家族で行ったのですが、ただ歩いていた記憶しかありません(笑)

実は最近、小学1年生の娘が「フィギアスケートの選手になりたい」と言うので、夫婦で困惑したところでした(笑)
これは一度スケートを体験させてやるしかない、ということでやって来た訳ですが、娘は一人で立つこともできず、初めは親に引きずられるように滑っていました。そんな私自身も20数年ぶり3度目のスケートなので、おっかなびっくりは娘と同じです。

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それに対して、妻はスイスイと滑っていきます。中央に設けられたフリーゾーンでは、バックスケーティングも試していましたし、何と昔はスピンもできたそうです。
それと言うのも、妻はスケートの盛んな北海道帯広市の出身で、冬になると校庭にスケートリンクを造り、体育の授業でスケートをするのが当たり前の環境だったからです。スケートだけは妻に全く敵いません(笑)

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長野オリンピック金メダリストの清水宏保をはじめ、帯広を中心とした十勝地方は数多くのスピードスケート選手を輩出しているのをご存知でしたか?昨年の世界距離別スピードスケート選手権の女子団体パシュートで、日本初の金メダルを獲得した高木姉妹(菜那・美帆)も十勝(幕別町)の出身です。

さて、2時間後には娘も一人で滑れるようになり、偶然一緒になった小学校の友だちと楽しそうに滑っていましたが、最後に感想を聞いてみるとフィギアスケートの夢は諦めたとのこと。
可哀想な気もしましたが、夫婦共ほっとしてしまいました(笑)

岸 未希亜

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2016年03月15日

道程

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この風景。どこだかおわかりでしょうか。そう箱根仙石原の風景です。年初、箱根神社に行く途中で撮りました。何故か、芸術家・詩人高村光太郎のあの有名な詩を思い出しました。

     僕の前に道はない
     僕の後ろに道は出来る
     ああ自然よ父よ
     僕を一人立ちさせた広大な父よ
     僕から目を離さないで守る事をせよ
     常に父の気魄を僕に充たせよ
     この遠い道程のため
     この遠い道程のため
 
"僕の前に道はない"で始まる詩を、草原の中の真っ直ぐに続く道にいる時に思い出したのも妙です。世界的に先行不透明で、見通しが付きにくいと言われている昨近ですが、実は,いつの時代も同じだったのでしょう。勇気と希望を持ってあたれば、道は開けるものなのでしょう。たとえこの草原の中の道のように真っ直ぐではないにしろ。

下平 勇
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2016年03月10日

畠山記念館

昨日は春らしい陽気から一転、そぼ降る雨に肌寒さを感じる一日でしたが、久々に電車で都内へ行ってきました。目的地は港区白金台にある「畠山記念館」で、都営浅草線の高輪台駅から徒歩5分の場所です。

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畠山記念館は、荏原製作所の創立者である畠山一清が、自ら収集した古美術品を公開するために造った私立美術館です。敷地は、江戸時代には薩摩藩主島津家の別邸だった場所で、薩摩出身の寺島宗則(参議・外務卿)の所有を経て、昭和12年に畠山一清が買い取って現在に至ります。
苑内には、本館の他に5棟の茶室が点在し、茶会や花会などの貸席として利用されています。私自身、茶道経験はないのですが、建築的に「茶室」が好きで勉強しているので、別の機会に茶室も見てみたいと思いました。

美術館は鉄筋コンクリート造ですが、室内は日本建築風の造りになっています。

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展示室には付け柱や長押があり、窓には障子が入っていて、一部に畳敷きのスペースもあります。そこには床の間風のショーケースがあって、床の間に掛けられた掛け軸を、本来の目線で鑑賞できるようになっています。
この日は茶会も催されていたようで、平日にもかかわらず、美術館に多くの人が訪れているのは少々驚きました。

近代日本には、実業家として名を馳せるかたわら、数寄者(茶人)としても活躍した人が何人もいて、益田孝(益田鈍翁)や原富太郎(原三渓)のことは私も知っていましたが、畠山一清もその一人に数えられます。
畠山は「即翁」と号した茶人で、所蔵品は茶道具を中心に、陶磁器、漆器、日本画、水墨画、墨蹟(禅僧の筆跡)、能装束など多岐にわたり、国宝6点、重要文化財32点を含む1300点にも及びます。
一度に全てを展示できない代わりに、畠山記念館では季節ごとに年4回、テーマを決めて展示替えを行っています。苑内の木々や花も、四季によって違った景色をつくるので、年4回の季節展は、数寄者らしいアイデアだと思いました。

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1月16日から始まった冬期展は「春に想う 梅・椿・桜・桃」というタイトルで、春を象徴する花の意匠の美術工芸作品を選んで展示しています。今週日曜日(3月13日)まで開催されていますので、興味のある方は行ってみてください。

次の春季展は「光琳とその後継者たち」というタイトルで、尾形光琳没後300年を記念して、畠山記念館に所蔵している光琳作品を一挙公開するとともに、光琳の後継者たちの作品も展示するそうです。会期は4月2日から6月12日ですので、苑内の花見を兼ねて立ち寄るのも良さそうです。

岸 未希亜

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2016年03月04日

太鼓梁

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太鼓梁の選定をするため製材所を訪れました。
写真はまだ製材前の丸太です。

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写真は丸太の皮を剥ぎ、側面を製材した太鼓梁になります。
今回は3本使います。いい太鼓梁が確保できました。

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2016年02月28日

暮らしの見学会

今週末に開催される「住まいの教室 第6回」では、実際に暮らしている住まいを拝見します。

最初に見学するのは、間もなく築2年になるお住まいです。計画を始めたのは2012年の秋でしたが、じっくり打合せを重ねてプランが決まり、その後は開発申請と農地転用に数ヶ月、土地の造成工事に約2ヶ月を擁して2013年の秋に建築工事が始まったので、建物完成までに約1年半の歳月が流れました。

「カフェスタイルの家」と名付けたこの家には、4つの特徴があります。
一つ目は、インテリアを愉しむための空間デザインです。

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奥様は、古びた箪笥や建具、古材を使った棚などのほか、エスニックのインテリアがお好みです。インテリアが映えるように、すっきりとした白壁の住宅を求めていた奥様は、建築家・田中敏溥さんの設計にも惹かれたということで、そのイメージを基に、柱や梁の見せ方を控えめにしてカフェのような家を目指しました。

二つ目は、大勢の人を呼んでも狭く感じない大きなリビング・ダイニングです。お友達を招いてのホームパーティーや、クリスマスリースのような作品づくりの集まりを奥様が主催するため、LDKとして26帖もある豊かな空間を用意しました。

三つ目は、北側に広がる景色を室内から眺められることです。

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一般的に北側は、小さな窓が並ぶ家が多いと思いますが、敷地の北側に畑や丘が広がっているこの立地を生かさない手はありません。そこで、ダイニングとスタディコーナーのある1階、吹抜とホビースペースのある2階とも、北面に大きな窓を設けて景色を取り込みました。

四つ目が、家具やタイルなどのインテリアです。

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キッチンと洗面台には、色も形も存在感のある「コラベル」というタイルを使いました。造り付けの家具は、あえて節のある板を使ったり表面に凹凸を付けたりして、古家具のような雰囲気にしています。建具も凝っていて、玄関や洗面室の出入口には、アンティークガラスを使った古建具のような引戸を作りました。

次に見学するのは、昨年の4月に完成した築1年未満のお住まいです。敷地が広い場合、親世帯が住む既存家屋を残しながら、敷地の一部を切り取る形で子世帯が家を建てるケースがありますが、このお宅もそれに類似したケースです。家を建てられる場所が限られていたため、総2階建てのシンプルな住宅になりましたが、逆に多くの方に参考になる住まいだと思います。

「ひとつ屋根の下を感じる家」と題したこの家の魅力は、何と言っても吹抜けを介した1階と2階の一体感に尽きます。総2階のコンパクトな住宅だからこそ、吹抜けによる立体的な空間の広がりは効果的です。吹抜けがあると木組みを見せやすく、「木組みの家」を感じられるのも利点ですし、1階に床暖房を入れているので家全体が暖まり、冬でも快適に過ごせます。

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さらに、吹抜けに面して本棚のあるライブラリーを設けています。この共用スペースがあることで、実際に2階と1階に分かれていても気配を感じられ、家族が繋がります。
さらに子供部屋の造りもひと工夫しました。最初はワンルームにしておき、将来は分けられるようにするのは一般的ですが、ここは単純に2室に分けるのではありません。寝るための部屋(ベッド+収納)2室と勉強スペースに3分割し、この勉強スペースを吹抜けに面したライブラリーと繋ぎます。子育て家族には、知っておいてほしい形です。

ダイニングに造り付けのベンチソファーを設けているのも特徴です。その並びにカウンターデスクを造り、家族共用のPCコーナーにしました。

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ダイニングテーブルはカンディハウスの「HAKAMAダイニング」で、非常に特徴的な形をしています(上写真は別のテーブルです)。ポール・ヘニングセンがデザインしたPH2/1(louis poulsen)という照明器具とともに、そのデザインに魅せられます。

外観については、「シャッターをいかに隠すか」がこの家のテーマでした。準防火地域における開口部の制限が厳しくなり、窓にシャッターを付けざるを得ない場面があります。個人的に思うのは、内外の境界である開口部を遮断してしまうシャッターは、その無骨な姿も含めて住宅にそぐわない、ということです。シャッターの存在を消すための工夫を、開口部のデザインに発展させている点を見てください。

実際に生活している家を見られることは、完成見学会以上に「暮らし」のイメージが沸くと思います。併せてタイプの違う2つの家を見比べる機会でもありますので、きっと貴重な体験になると思います。

岸 未希亜

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2016年02月19日

陶芸体験・吹きガラス体験

 かねてよりご案内の通り「山内龍雄芸術館」のオーナーの須藤さんご夫婦のご厚意により、当社で家づくりをされた方々による作品展を開催することが出来ました。急な呼びかけにも関わらず、17名の方々よりの45点にも及ぶさまざまなジャンルの作品を出展いただき、また、須藤さんご夫婦には芸術館を開放いただいたことに加え、作品据え付けまでもご協力いただき、大好評の作品展となりました。関係者の皆様に重ねて御礼申し上げます。

〝芸術って何?"という大きな問いに関し、全く考えない訳でもありませんが、幾人かの芸術家の考えを見聞するにとどまり、まだ確たるものは持ち合わせていない私ですが、昨年は夏と秋にそれぞれ1回ずつ、初心者向けの体験会に参加しました。夏は伊豆での陶芸体験、秋は、穂高での吹きガラスづくり体験です。いずれも講師の方々が丁寧にご指導下さいました。

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 この先技能を深める予定はありませんが、〝芸術って何?"については、引き続き考え続けたいと思います。

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2016年02月17日

藤沢M邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「藤沢市M邸」の見どころを紹介します。

元々ここにあった家は、1920(大正6)年に建てられた築100年近い古民家でした。建て主自身も幼少期から60年以上暮らしてきましたが、増築を重ねて歪な形になったり、とにかく冬が寒いということで、お母様が亡くなられたことを区切りに、建て替えを決断されました。

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ずっと以前に弊社社長の著書『神奈川の木の家』を読んだことがあるという建て主は、家を建て替えるなら「神奈川の木を使いたい」と考えていたそうです。そして「神奈川の木で家をつくる会」の存在を知り、会を主宰している当社を訪ねてくださいました。
現地を見るため4日後にご自宅を訪問すると、早くも設計を申し込んでいただき、私どもにも嬉しい驚きとなりました。

敷地は、西側に裏山が迫り、東側に川沿いの田園風景が広がる長閑な場所です。昔は川が氾濫することも多く、敷地の低いところが水没したそうなので、家の建っていた場所は道路よりも1m以上高く、道路から緩やかに登っていました。また、山を背にした道路側が正面になるため、家は東向きに建っていました。古民家はただでさえ陽が入らなくて薄暗いものですが、それに輪を掛けて暗かったそうです。

昔ながらの古民家で暮らしていたご夫妻は、「ハウスメーカーのような家は嫌だ」ということで、当社らしい木組みの真壁の家で計画しました。さらに2階建ての家に住んだことがないご夫婦にとって、建てるのはもちろん平屋の木の家です。

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雨戸には桧の戸袋を被せて柔らかい印象をつくりながら、屋根の軒を深く出し、妻面には腕木庇を造って窓や戸袋を保護しました。この陰影のある外観が日本の風土に合った形であり、田園から見上げる佇まいは、周辺環境に溶け込む姿になったと思います。

「他の家に住んだことがない」というご主人も、結婚してからずっとこの家で暮らしてきた奥様も、旧家のイメージが頭から離れません(笑)
「東向き」を「南向き」に直すことや、正面にあった玄関を側面に移すこと等の大改革がある一方、間取りはどうしても昔ながらの形を望まれました。

その一つが居間(リビング)独立させ、食事の間と台所が一体のダイニングキッチンにすることです。20年ぐらい前からは、LDKを連続させて空間を広く使うことや、家族の顔が見える空間づくりが一般的になってきたと思いますが、LとDKを完全に分ける事がかえって新鮮に感じました。

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ただし、北側にひっそりと置かれた古民家のDKとは違い、日当りが良く、裏山の緑も目に入る南西のいい場所に配置しています。ここに、家具屋が注文製作した桧のダイニングテーブルが置かれます。

また、リビングの北側には寝室があるため、建て主は初め、普通に廊下を望まれました。しかし風通しを阻害する「中廊下」は止めて、二重の建具を入れることで寝室とリビングとの間を開放したり、区画できるようにしました。

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こうすると、昼間は使わない寝室もリビングの一部として広々と感じられますし、家の中の温度差をなくすことで安心して暮らすことができます。右写真は、小さな仏間から見た「中廊下」の名残りです。

居間は勾配天井で空間が立体的に広がり、ロフトへと連続します。ロフトに昇る階段がこの空間のアクセントになっています。

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寝室との間仕切りには、旧家に使われていた大阪格子戸(小障子が外せるようになっていて冬以外は格子戸として使える建具)を再利用しました。これもアクセントになっていますが、杉や桧は年数が経てば濃くなってくるので、やがて馴染んで見えるはずです。

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テレビ台の横にある赤い柱は、旧家で使われていたケヤキの大黒柱です。大工が歪みを矯正しながら真っすぐな柱に加工し直してくれたので、新しい家に引き継ぐことができました。

このように、景色との調和、昔ながらの間取り、昔の家で使われていた材や建具の利用などから、この家を「旧家の記憶を留める平屋の家」と名付けました。実際に見ていただければ、この家の魅力を感じていただけると思います。

岸 未希亜

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2016年02月09日

オーナー作品展 当日

2/6,7に、竣工したばかりの「山内龍雄芸術館」を会場に、神奈川エコハウスのオーナー様の作品展示会を開催し、沢山の方に見て頂きました。

企画段階では、どのような作品がどれだけ集まるか分からず、どの様になるかドキドキしていたのですが、素晴らしい作品が集まり、またオーナー様同士の交流の良い機会ともなり、初めての試みでしたが、大成功だったのではないかと思います。

神奈川エコハウスを選んで下さった方の共通点として、「こだわりの強さ」や「芸術に対する意識の高さ」、「木目を愛でる」といったことを感じました。

当日は、お隣に住む「山内龍雄芸術館」館長の須藤一實様にも参加頂いて「芸術論」に花が咲いたり、オーナー様同士で作品を講評しあったり、家具職人グループ「無垢の会」の作品を購入して頂いたりと、大いに盛り上がりました。

「山内龍雄」氏についての問い合わせもありましたので、芸術館がオープンしましたら、是非館長のレクチャー付鑑賞会も開催したいと思っています。
実現しましたら、皆様是非ご参加下さい!
私達もオーナーの皆様にお会いできる事を楽しみにしています。

また、21日まで展示を残してありますので、予約制ですが興味のある方は是非お越し下さい。お待ちしています。

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2016年02月06日

おはし作り

本日「冬の体感会」のイベントとして、神奈川県産ヒノキを削って作るおはし作りを行いました。
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途切れることなくみなさんにご参加いただき、大変盛況でした。
多くのオーナーさんにもご参加いただき、久しぶりにお会いした方も多く、楽しいイベントとなりました。
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小さなお子さんも、とても頑張って削っていました。
そして、最後の仕上げは、おじい様にお願いして、無事完成です。
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明日 2月7日(日)は、おはし作りはありませんが、アロマ講座と「コンセプトハウス自由見学&相談会」を開催しています。
また、本社近くの山内龍雄芸術館では、お引渡し前の建物をお借りして、オーナー作品展を開催しております。
ぜひ、ご来場ください。

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2016年02月04日

オーナー作品展

今週末、コンセプトハウスで恒例の「冬の体感会」が行われますが、たまたま近所で建築している「山内龍雄芸術館」が完成して、その建物をお借りすることができましたので、同じく6(土)~7(日)に作品展を開催します。

出展者は、当社で家を建ててくださったオーナーの方々で、17名による45点もの作品が集まりました。絵画はもちろん、写真、陶芸、ステンドグラス、鎌倉彫、書、そして能面。ジャンルも個性も様々ですが、神奈川エコハウスのオーナー様の作品という点で、確かな繋がりがあります。

先日、クライアントである須藤さんに協力していただき、作品の展示を行いました。画商の須藤さん、芸術家の奥様とも展示に関してもプロですので、実際は「協力」ではなく全面的にお任せしました(笑)

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同じ作家の作品を連続させることを前提に、作品の数や大きさ、空間とのバランスなどを考えながら、まずは壁に立てかけていきます。そして並びが決まったら、高さや間隔を調整しながら壁に釘を打って作品を掛けていくのですが、全ての作品が並ぶと、まるで美術館のような雰囲気になりました。

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上から吊るすのではなく、壁に釘を直に打つという須藤さんのやり方によって、作品は真っ白な壁に浮かんでいるようになり、より強く印象に残る気がしました。また、作品が入ったことによって、空っぽの時よりも空間の魅力が引き出されたと感じます。

とても素晴らしい展示になりましたので、ぜひ多くの人に見ていただきたいと思います。今週末は、山内龍雄芸術館の方にもお越しください。

岸 未希亜

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2016年02月02日

森みわさん 省エネ住宅セミナー開催

当社が幹事会社となっている地域型住宅のグループ「湘南プレミアハウス」主催の講演会が、1月23日に行われました。テーマは「健康X快適Xエコをかなえる世界基準の省エネ住宅」講師は、最近注目の建築家 森みわさんです。
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森さんは、環境先進国ドイツやアイルランドの建築事務所で省エネ施設やパッシブハウスの建築に携わり、帰国後はその経験を元に、日本の環境に適した省エネ住宅の建築やリフォームを実践中です。
鎌倉商工会議所のホールで行われ、一般の聴講者と関係者で70名ほどの参加がありました。パッシブハウス、ゼロエネといった言葉も徐々に一般の方に浸透してきて、みなさんの関心の高さが伺えました。

講演では、環境面から、今省エネに取り組む必要性、そして、ドイツをはじめヨーロッパ諸国の省エネに対する取り組み方のすごさを語っていました。例えば、5年後にこうすると目標を決めたら、国を挙げて徹底的にやりきるそうです。
そして、パッシブ性能を高めることは、省エネになって経済的なメリットもでるし、健康面や快適性の面でも、大きな違いがあることをデータも交えながら説明されました。

講演で気になったキーワードは「ネガワット」、ネガ=マイナス、ワット=電気、つまりマイナスの電気を作るということ、パッシブ性能を高めて省エネすることは、太陽光発電でプラスのエネルギーを作ることと、まったく同じ効果ということです。「ネガワット」とかっこ良さげな名前が付くと、一般の人もイメージしやすい気がします。
そして、断熱、日射調整、通風などパッシブデザインを駆使して、建物本体の性能を高めることが、太陽光発電を載せること以上に大切なことを一般の人にもわかりやすく話されていました。

そして、もう一つ大切なキーワードとして「足るを知る」。
森さんは、決して我慢して省エネしてくださいと言っていません。ほどほどのところで、隣の家のこと、近くの環境のこと、遠く離れた人のこと、少し考えてあげる気持ちが大切だと、
それがないと単なる「エゴハウス」で、本当の「エコハウス」とは呼べませんと言っていました。
「足るを知る」その気持ちを自然と持ってもらえるような家づくりが、もっとできるといいと思います。
高橋
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2016年01月28日

深夜の歓喜

立て続けにスポーツの話題で恐縮ですが、26日夜のサッカーU23(23歳以下)日本代表の試合はご覧になりましたか?リオデジャネイロオリンピック予選を兼ねたU23アジア選手権の準決勝で、日本がイラクに2-1で勝利し、6大会連続となるオリンピック出場を決めました。

U23asia1.jpg   朝日新聞1/28朝刊より

男子サッカーの国別対抗戦としては、4年に1度のワールドカップが最高峰の大会とされ、オリンピックは23歳以下の世界大会に位置付けられています。
したがってヨーロッパでも南米でも、オリンピックのサッカーよりは自国のリーグ戦の方がはるかに盛り上がるのが現実です。国民が総じてオリンピック好きな日本では事情が異なるものの、23歳以下日本代表に知名度の高い選手(本田、香川、長友など)がいないため、今のところ国民の関心もいま一つといった感じですね。

しかしサッカーを愛するコアなファンは、ドキドキしながらこの2週間を過ごしていました。それはこの世代が、U20(20歳以下)ワールドカップのアジア予選をはじめ、何度もベスト8の壁に阻まれ、俗に「谷間の世代」と揶揄されていたためです。オリンピック出場枠が3ヶ国しかないため、過去の実績から考えると相当に厳しい戦いが予想されました。

それでも日本は予選リーグ3連勝でB組1位になり、準々決勝はA組2位のイランと対戦しました。イランは日本や韓国と並ぶアジアの強豪国で、試合は一進一退のまま延長戦に突入。負ければ終わりの緊張感に見ている我々も硬くなるような展開の中、スーパーゴールが3本も決まり、ベスト4に進出しました。
絶妙なポジションニングでフリーになったMF豊川が、DF室屋からのライナー性のクロスボールをヘディングシュート。仕事の手を止めて会社でテレビを見ていた深夜、私は一人で絶叫しました(笑)

U23asia2.jpg   朝日新聞1/24朝刊より

そして準決勝の相手はイラク。イラクはこの世代最強との呼び声もあり、日本も過去の対戦成績は3戦3敗です。
試合はボールポゼッションもシュート数もイラクが上回りますが、日本は相手に押し込まれる展開でも粘り強く跳ね返し、隙を突いて技術とスピードを活かす戦い方が試合ごとに完成度を増していました。
1-1の同点で後半45分を迎え、見ている誰もが延長戦を覚悟した3分間のアディショナルタイム。ここで相手GKの弾いたボールを止めたMF原川が左足を振り抜くと、ボールはイラクゴールに突き刺さりました。この劇的な勝利を寝室で見ていた私は、喜びのあまりベッドを3回叩き、妻に怒られました(笑)

このイラク戦でゴールを決めたFW久保とMF原川が同じ中学出身だとか、オーストリアのクラブで活躍するMF南野と唯一の大学生であるDF室屋が同じ少年団だったとか、この世代が生まれた頃に起きた「ドーハの悲劇(1993年、米国ワールドカップ予選の最終戦でロスタイムの失点によってイラクと引き分け、初出場を逃した日本サッカー史に残る事件)」のリベンジを果たしたという「ドーハの歓喜」とか・・・・マスコミが見つけてくる物語も確かに面白いのですが、手倉森監督に率いられたU23の逞しい戦い方にこそ、もっと焦点を当ててほしいものです。
30日深夜に行われる決勝の韓国戦は、皆さんもぜひご覧ください。

岸 未希亜

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2016年01月25日

10年ぶり

昨夜から今日にかけてテレビで何度も取り上げられていますが、大相撲初場所で大関の琴奨菊(ことしょうぎく)が初優勝を果たしました。日本出身の力士による10年ぶりの優勝ということで、これは大きなニュースです。

kotosho.jpg       朝日新聞朝刊(1月25日)より

「10年ひと昔」というぐらいですからすっかり昔話ですが、2006年の初場所で大関の栃東が優勝した後、朝青龍が引退する2010年初場所までの24場所中22場所で、朝青龍と白鵬が優勝を独占しました(他はブルガリア出身の琴欧州、モンゴル出身の日馬富士が1回ずつ)。
その後も白鵬を中心に外国出身力士が優勝し続けます。現在の番付を見ると、白鵬、日馬富士、鶴竜の3横綱はいずれもモンゴル出身で、4大関の一人である照ノ富士もモンゴル出身です。朝青龍引退後の34場所中32場所は、この4人の誰かが優勝していたという寡占状態でした(他はエストニア出身の把瑠都、モンゴル出身の旭天鵬が1回ずつ)。
私は若貴兄弟が活躍した時代だけでなく、結構長く大相撲を見て来ましたが、ここ最近は大相撲への関心が低くなっていました。しかし琴奨菊の優勝によって、もはや当たり前になっていた「外国出身力士の席巻」という事実を再認識できたのは良かったです。

私の相撲観戦歴と言えば、北の湖の現役時代も覚えていますが、一番心に残っているのは、両横綱が千代の富士と隆の里、大関に琴風、朝潮、若島津、北天佑の4人がいた1984年頃でしょうか。後に人気力士になる寺尾がまだ若手の一人でした。
千代の富士が別格だったのは言うまでもありませんが、私は均整の取れた筋肉質の北天佑(ほくてんゆう)が好きでした。共感してくれる人、誰かいませんか(笑)

岸 未希亜

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