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2016年02月17日

藤沢M邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「藤沢市M邸」の見どころを紹介します。

元々ここにあった家は、1920(大正6)年に建てられた築100年近い古民家でした。建て主自身も幼少期から60年以上暮らしてきましたが、増築を重ねて歪な形になったり、とにかく冬が寒いということで、お母様が亡くなられたことを区切りに、建て替えを決断されました。

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ずっと以前に弊社社長の著書『神奈川の木の家』を読んだことがあるという建て主は、家を建て替えるなら「神奈川の木を使いたい」と考えていたそうです。そして「神奈川の木で家をつくる会」の存在を知り、会を主宰している当社を訪ねてくださいました。
現地を見るため4日後にご自宅を訪問すると、早くも設計を申し込んでいただき、私どもにも嬉しい驚きとなりました。

敷地は、西側に裏山が迫り、東側に川沿いの田園風景が広がる長閑な場所です。昔は川が氾濫することも多く、敷地の低いところが水没したそうなので、家の建っていた場所は道路よりも1m以上高く、道路から緩やかに登っていました。また、山を背にした道路側が正面になるため、家は東向きに建っていました。古民家はただでさえ陽が入らなくて薄暗いものですが、それに輪を掛けて暗かったそうです。

昔ながらの古民家で暮らしていたご夫妻は、「ハウスメーカーのような家は嫌だ」ということで、当社らしい木組みの真壁の家で計画しました。さらに2階建ての家に住んだことがないご夫婦にとって、建てるのはもちろん平屋の木の家です。

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雨戸には桧の戸袋を被せて柔らかい印象をつくりながら、屋根の軒を深く出し、妻面には腕木庇を造って窓や戸袋を保護しました。この陰影のある外観が日本の風土に合った形であり、田園から見上げる佇まいは、周辺環境に溶け込む姿になったと思います。

「他の家に住んだことがない」というご主人も、結婚してからずっとこの家で暮らしてきた奥様も、旧家のイメージが頭から離れません(笑)
「東向き」を「南向き」に直すことや、正面にあった玄関を側面に移すこと等の大改革がある一方、間取りはどうしても昔ながらの形を望まれました。

その一つが居間(リビング)独立させ、食事の間と台所が一体のダイニングキッチンにすることです。20年ぐらい前からは、LDKを連続させて空間を広く使うことや、家族の顔が見える空間づくりが一般的になってきたと思いますが、LとDKを完全に分ける事がかえって新鮮に感じました。

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ただし、北側にひっそりと置かれた古民家のDKとは違い、日当りが良く、裏山の緑も目に入る南西のいい場所に配置しています。ここに、家具屋が注文製作した桧のダイニングテーブルが置かれます。

また、リビングの北側には寝室があるため、建て主は初め、普通に廊下を望まれました。しかし風通しを阻害する「中廊下」は止めて、二重の建具を入れることで寝室とリビングとの間を開放したり、区画できるようにしました。

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こうすると、昼間は使わない寝室もリビングの一部として広々と感じられますし、家の中の温度差をなくすことで安心して暮らすことができます。右写真は、小さな仏間から見た「中廊下」の名残りです。

居間は勾配天井で空間が立体的に広がり、ロフトへと連続します。ロフトに昇る階段がこの空間のアクセントになっています。

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寝室との間仕切りには、旧家に使われていた大阪格子戸(小障子が外せるようになっていて冬以外は格子戸として使える建具)を再利用しました。これもアクセントになっていますが、杉や桧は年数が経てば濃くなってくるので、やがて馴染んで見えるはずです。

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テレビ台の横にある赤い柱は、旧家で使われていたケヤキの大黒柱です。大工が歪みを矯正しながら真っすぐな柱に加工し直してくれたので、新しい家に引き継ぐことができました。

このように、景色との調和、昔ながらの間取り、昔の家で使われていた材や建具の利用などから、この家を「旧家の記憶を留める平屋の家」と名付けました。実際に見ていただければ、この家の魅力を感じていただけると思います。

岸 未希亜

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2016年02月09日

オーナー作品展 当日

2/6,7に、竣工したばかりの「山内龍雄芸術館」を会場に、神奈川エコハウスのオーナー様の作品展示会を開催し、沢山の方に見て頂きました。

企画段階では、どのような作品がどれだけ集まるか分からず、どの様になるかドキドキしていたのですが、素晴らしい作品が集まり、またオーナー様同士の交流の良い機会ともなり、初めての試みでしたが、大成功だったのではないかと思います。

神奈川エコハウスを選んで下さった方の共通点として、「こだわりの強さ」や「芸術に対する意識の高さ」、「木目を愛でる」といったことを感じました。

当日は、お隣に住む「山内龍雄芸術館」館長の須藤一實様にも参加頂いて「芸術論」に花が咲いたり、オーナー様同士で作品を講評しあったり、家具職人グループ「無垢の会」の作品を購入して頂いたりと、大いに盛り上がりました。

「山内龍雄」氏についての問い合わせもありましたので、芸術館がオープンしましたら、是非館長のレクチャー付鑑賞会も開催したいと思っています。
実現しましたら、皆様是非ご参加下さい!
私達もオーナーの皆様にお会いできる事を楽しみにしています。

また、21日まで展示を残してありますので、予約制ですが興味のある方は是非お越し下さい。お待ちしています。

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2016年02月06日

おはし作り

本日「冬の体感会」のイベントとして、神奈川県産ヒノキを削って作るおはし作りを行いました。
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途切れることなくみなさんにご参加いただき、大変盛況でした。
多くのオーナーさんにもご参加いただき、久しぶりにお会いした方も多く、楽しいイベントとなりました。
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小さなお子さんも、とても頑張って削っていました。
そして、最後の仕上げは、おじい様にお願いして、無事完成です。
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明日 2月7日(日)は、おはし作りはありませんが、アロマ講座と「コンセプトハウス自由見学&相談会」を開催しています。
また、本社近くの山内龍雄芸術館では、お引渡し前の建物をお借りして、オーナー作品展を開催しております。
ぜひ、ご来場ください。

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2016年02月04日

オーナー作品展

今週末、コンセプトハウスで恒例の「冬の体感会」が行われますが、たまたま近所で建築している「山内龍雄芸術館」が完成して、その建物をお借りすることができましたので、同じく6(土)~7(日)に作品展を開催します。

出展者は、当社で家を建ててくださったオーナーの方々で、17名による45点もの作品が集まりました。絵画はもちろん、写真、陶芸、ステンドグラス、鎌倉彫、書、そして能面。ジャンルも個性も様々ですが、神奈川エコハウスのオーナー様の作品という点で、確かな繋がりがあります。

先日、クライアントである須藤さんに協力していただき、作品の展示を行いました。画商の須藤さん、芸術家の奥様とも展示に関してもプロですので、実際は「協力」ではなく全面的にお任せしました(笑)

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同じ作家の作品を連続させることを前提に、作品の数や大きさ、空間とのバランスなどを考えながら、まずは壁に立てかけていきます。そして並びが決まったら、高さや間隔を調整しながら壁に釘を打って作品を掛けていくのですが、全ての作品が並ぶと、まるで美術館のような雰囲気になりました。

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上から吊るすのではなく、壁に釘を直に打つという須藤さんのやり方によって、作品は真っ白な壁に浮かんでいるようになり、より強く印象に残る気がしました。また、作品が入ったことによって、空っぽの時よりも空間の魅力が引き出されたと感じます。

とても素晴らしい展示になりましたので、ぜひ多くの人に見ていただきたいと思います。今週末は、山内龍雄芸術館の方にもお越しください。

岸 未希亜

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2016年02月02日

森みわさん 省エネ住宅セミナー開催

当社が幹事会社となっている地域型住宅のグループ「湘南プレミアハウス」主催の講演会が、1月23日に行われました。テーマは「健康X快適Xエコをかなえる世界基準の省エネ住宅」講師は、最近注目の建築家 森みわさんです。
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森さんは、環境先進国ドイツやアイルランドの建築事務所で省エネ施設やパッシブハウスの建築に携わり、帰国後はその経験を元に、日本の環境に適した省エネ住宅の建築やリフォームを実践中です。
鎌倉商工会議所のホールで行われ、一般の聴講者と関係者で70名ほどの参加がありました。パッシブハウス、ゼロエネといった言葉も徐々に一般の方に浸透してきて、みなさんの関心の高さが伺えました。

講演では、環境面から、今省エネに取り組む必要性、そして、ドイツをはじめヨーロッパ諸国の省エネに対する取り組み方のすごさを語っていました。例えば、5年後にこうすると目標を決めたら、国を挙げて徹底的にやりきるそうです。
そして、パッシブ性能を高めることは、省エネになって経済的なメリットもでるし、健康面や快適性の面でも、大きな違いがあることをデータも交えながら説明されました。

講演で気になったキーワードは「ネガワット」、ネガ=マイナス、ワット=電気、つまりマイナスの電気を作るということ、パッシブ性能を高めて省エネすることは、太陽光発電でプラスのエネルギーを作ることと、まったく同じ効果ということです。「ネガワット」とかっこ良さげな名前が付くと、一般の人もイメージしやすい気がします。
そして、断熱、日射調整、通風などパッシブデザインを駆使して、建物本体の性能を高めることが、太陽光発電を載せること以上に大切なことを一般の人にもわかりやすく話されていました。

そして、もう一つ大切なキーワードとして「足るを知る」。
森さんは、決して我慢して省エネしてくださいと言っていません。ほどほどのところで、隣の家のこと、近くの環境のこと、遠く離れた人のこと、少し考えてあげる気持ちが大切だと、
それがないと単なる「エゴハウス」で、本当の「エコハウス」とは呼べませんと言っていました。
「足るを知る」その気持ちを自然と持ってもらえるような家づくりが、もっとできるといいと思います。
高橋
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2016年01月28日

深夜の歓喜

立て続けにスポーツの話題で恐縮ですが、26日夜のサッカーU23(23歳以下)日本代表の試合はご覧になりましたか?リオデジャネイロオリンピック予選を兼ねたU23アジア選手権の準決勝で、日本がイラクに2-1で勝利し、6大会連続となるオリンピック出場を決めました。

U23asia1.jpg   朝日新聞1/28朝刊より

男子サッカーの国別対抗戦としては、4年に1度のワールドカップが最高峰の大会とされ、オリンピックは23歳以下の世界大会に位置付けられています。
したがってヨーロッパでも南米でも、オリンピックのサッカーよりは自国のリーグ戦の方がはるかに盛り上がるのが現実です。国民が総じてオリンピック好きな日本では事情が異なるものの、23歳以下日本代表に知名度の高い選手(本田、香川、長友など)がいないため、今のところ国民の関心もいま一つといった感じですね。

しかしサッカーを愛するコアなファンは、ドキドキしながらこの2週間を過ごしていました。それはこの世代が、U20(20歳以下)ワールドカップのアジア予選をはじめ、何度もベスト8の壁に阻まれ、俗に「谷間の世代」と揶揄されていたためです。オリンピック出場枠が3ヶ国しかないため、過去の実績から考えると相当に厳しい戦いが予想されました。

それでも日本は予選リーグ3連勝でB組1位になり、準々決勝はA組2位のイランと対戦しました。イランは日本や韓国と並ぶアジアの強豪国で、試合は一進一退のまま延長戦に突入。負ければ終わりの緊張感に見ている我々も硬くなるような展開の中、スーパーゴールが3本も決まり、ベスト4に進出しました。
絶妙なポジションニングでフリーになったMF豊川が、DF室屋からのライナー性のクロスボールをヘディングシュート。仕事の手を止めて会社でテレビを見ていた深夜、私は一人で絶叫しました(笑)

U23asia2.jpg   朝日新聞1/24朝刊より

そして準決勝の相手はイラク。イラクはこの世代最強との呼び声もあり、日本も過去の対戦成績は3戦3敗です。
試合はボールポゼッションもシュート数もイラクが上回りますが、日本は相手に押し込まれる展開でも粘り強く跳ね返し、隙を突いて技術とスピードを活かす戦い方が試合ごとに完成度を増していました。
1-1の同点で後半45分を迎え、見ている誰もが延長戦を覚悟した3分間のアディショナルタイム。ここで相手GKの弾いたボールを止めたMF原川が左足を振り抜くと、ボールはイラクゴールに突き刺さりました。この劇的な勝利を寝室で見ていた私は、喜びのあまりベッドを3回叩き、妻に怒られました(笑)

このイラク戦でゴールを決めたFW久保とMF原川が同じ中学出身だとか、オーストリアのクラブで活躍するMF南野と唯一の大学生であるDF室屋が同じ少年団だったとか、この世代が生まれた頃に起きた「ドーハの悲劇(1993年、米国ワールドカップ予選の最終戦でロスタイムの失点によってイラクと引き分け、初出場を逃した日本サッカー史に残る事件)」のリベンジを果たしたという「ドーハの歓喜」とか・・・・マスコミが見つけてくる物語も確かに面白いのですが、手倉森監督に率いられたU23の逞しい戦い方にこそ、もっと焦点を当ててほしいものです。
30日深夜に行われる決勝の韓国戦は、皆さんもぜひご覧ください。

岸 未希亜

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2016年01月25日

10年ぶり

昨夜から今日にかけてテレビで何度も取り上げられていますが、大相撲初場所で大関の琴奨菊(ことしょうぎく)が初優勝を果たしました。日本出身の力士による10年ぶりの優勝ということで、これは大きなニュースです。

kotosho.jpg       朝日新聞朝刊(1月25日)より

「10年ひと昔」というぐらいですからすっかり昔話ですが、2006年の初場所で大関の栃東が優勝した後、朝青龍が引退する2010年初場所までの24場所中22場所で、朝青龍と白鵬が優勝を独占しました(他はブルガリア出身の琴欧州、モンゴル出身の日馬富士が1回ずつ)。
その後も白鵬を中心に外国出身力士が優勝し続けます。現在の番付を見ると、白鵬、日馬富士、鶴竜の3横綱はいずれもモンゴル出身で、4大関の一人である照ノ富士もモンゴル出身です。朝青龍引退後の34場所中32場所は、この4人の誰かが優勝していたという寡占状態でした(他はエストニア出身の把瑠都、モンゴル出身の旭天鵬が1回ずつ)。
私は若貴兄弟が活躍した時代だけでなく、結構長く大相撲を見て来ましたが、ここ最近は大相撲への関心が低くなっていました。しかし琴奨菊の優勝によって、もはや当たり前になっていた「外国出身力士の席巻」という事実を再認識できたのは良かったです。

私の相撲観戦歴と言えば、北の湖の現役時代も覚えていますが、一番心に残っているのは、両横綱が千代の富士と隆の里、大関に琴風、朝潮、若島津、北天佑の4人がいた1984年頃でしょうか。後に人気力士になる寺尾がまだ若手の一人でした。
千代の富士が別格だったのは言うまでもありませんが、私は均整の取れた筋肉質の北天佑(ほくてんゆう)が好きでした。共感してくれる人、誰かいませんか(笑)

岸 未希亜

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2016年01月23日

鎌倉近代美術館 閉館

「鎌倉近代美術館」の愛称で親しまれている「神奈川県立近代美術館」、鶴岡八幡宮の境内にあり、平家池に浮かぶように建つ姿をご覧になった方も多いと思います。
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1951年に開館した日本初の公立美術館であり、建築家 坂倉準三設計の日本を代表するモダニズム建築の建物です。
 八幡宮との借地契約が今年3月に切れるため、取り壊しということになっていましたが、保存活動もあり、取り壊しはなくなりました。社員やそのご家族で、署名活動等に尽力された方もいるので、本当に良かったと思います。

 とはいえ、今後の使い方は未定で、美術館としては最後になるかもしれませんし、耐震改修が必要なので、現在の姿はもう見られないかもしれません。
自分も先日訪れましたが、閉館を惜しむ人が数多く来場されていました。
1月31日(日)までで閉館となりますので、ご興味のある方はお見逃しなく。
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高橋
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2016年01月21日

山内龍雄芸術館 完成

昨年、山内龍雄芸術館の設計・施工をさせていただいたご縁で、画家山内龍雄氏の存在を知りました。
昨秋から1月17日にかけて、長野県東御市にある梅野記念絵画館にて画家の展示会が行われ、私も11月に、紅葉の美しい丘の頂きにあるこの美術館を訪れ、画家の絵を見てきました。
私に画家の絵を紹介する力量はありません。是非、今春藤沢市に開設される山内龍雄芸術館に足を運ばれることをおすすめします。

ここに画家の芸術論を紹介させて頂きます。

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・・・芸術には真に新しいもの、独創などは無い、すべてのものは、それまでの歴史の偉大な諸要素を受け継ぎ、その上に、現代のほんの少しの特性が生かされいるに過ぎない。歴史に埋れ、見過ごされた宝物の、ホコリを払うだけでいい。その時代が要求するものを探し出し、磨き、改めればよい。いわば古典の中に新しさを見出すヒントが隠されているのだよ。君は、よく感性を研ぎ澄ましそれを現実化すればいい。

ー山内 龍雄・「雑感」よりー

下平 勇
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2016年01月19日

冬の西伊豆

年末、家族旅行で伊豆に行って来ました。
神奈川県民にとって「伊豆」は馴染み深い観光地だと思います。私も伊東、伊豆高原、修善寺など、伊豆半島には何度も遊びに行っていますが、まだ一度も足を運んでいないのが「西伊豆」です。これまで伊豆長岡や修善寺には行っても、西海岸まで足を延ばすことがありませんでした。そんな訳で、私にとって初めての「西伊豆」を紹介します。

初めに訪れたのは、今さらながらの「恋人岬」です(笑)。四十路になって家族で行く場所でもないのですが、若い頃から名前だけは知っていた有名な場所なので、立ち寄ってみました。

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想定外だったのは、県道沿いの駐車場から岬の展望台までの距離が長く、アップダウンも大きかったことです。小学校まで毎日30~40分も歩いている娘たちに比べ、親の方は膝が笑っていました。

展望台には入れ替わり立ち替わり、カップルがやって来ます(笑)

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3回鳴らすと恋愛が成就すると言われている「ラブコールベル(愛の鐘)」の下で、とあるカップルが何かを見ています。近付いてみると、小銭を使ったハートマークでした。

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いつからこの状態が保たれているのでしょうか。それを娘が壊そうとしたので慌てて止めました。縁起でもない、お前は一生親に面倒見てもらう気か・・・

西海岸を南下し、次に訪れたのは「松崎」です。
鉄道は、伊豆急行で熱海から東海岸に沿って下田まで行くか、伊豆箱根鉄道で三島から中央を南下して修善寺までしか行きません。その修善寺からバスに乗り換えて1時間半以上もかかる松崎は、陸の孤島とも言える不便な所ですが、かつては伊豆西海岸の中心として栄えた港町でした。

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町の一部には、江戸時代や明治初期に建てられた豪商の家が残っていますが、その特徴は「なまこ壁」です。「なまこ(海鼠)壁」とは、正方形の平たい瓦を壁に並べて貼り、その目地部分に漆喰をかまぼこ型に盛りつけて塗る工法を指します。防火の役割を果たすことから、倉敷をはじめ各地の町家や蔵で見られますが、「なまこ壁の町」と言えば、松崎が真っ先に挙げられるでしょう。

この松崎には「長八記念館」と「伊豆の長八美術館」があります。

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松崎出身の左官職人である入江長八は、20歳の時に江戸へ出て絵や彫刻を学び、それらを漆喰細工に応用(漆喰で模様を描く鏝絵(こてえ)に絵具で彩色)することによって、鏝絵を芸術品の域に高めた人物です。
誰でも知っている有名人ではありませんが、私が大学一年生の時、「伊豆の長八美術館」を設計した石山修武さん(当時は大学教授)が授業で熱く語っていたので、25年経った今日まで頭に残っていました。やっと呪縛から解放された気分です(笑)

また松崎は、映画やテレビの撮影地としても度々使われています。恐らく皆さんも見たであろうTBSドラマ『世界の中心で、愛を叫ぶ(2004年)』もここが舞台でした。

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主人公の松本朔太郎を山田孝之、ヒロイン廣瀬亜紀を綾瀬はるかが熱演した感動のドラマでしたね。私は何度も泣きました。

土肥(とい)に戻って宿にチェックインした時、ちょうど夕焼けが空を赤く染めていました。

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ただ、海に沈む夕日をイメージしていたので、手前の岬が邪魔をしているのはあまりにも残念でした。

翌日は東伊豆への移動でしたが、絶景を求めて西伊豆スカイラインを北上しました。すると途中に駐車場があり、左下のような標識がありました。

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「距離が短いなら妻も娘も嫌がらないだろう」と達磨山の方を目指しましたが、昇り坂の700mは決して短くはなく、さらに風が強くて空気も冷たいという悪条件に家族は渋面です。しかし山頂に到達すると、富士山はもちろん、沼津から清水にかけての海岸線や、伊豆半島の山並みを一望することができて最高の眺めでした。

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途中、戸田(へだ)の町を見下ろすことができます。小さな湾に向かう谷あいの集落が、非常に印象的でした。枯れ木と富士山の姿も、絵画のような構図です。

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最後は伊豆高原から。
標高580mの大室山は有名な観光地ですが、これまで自分は一度も登ったことがなく、娘2人と一緒にリフトに乗って、初めて登頂しました。大室山山頂には、直径300m、周囲1000m、深さ70mの噴火口跡があり、その噴火口の縁を周回する「お鉢めぐり」ができます。

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大島や初島、相模湾はもちろん、富士山も見渡せる360°の大パノラマは見事の一語に尽きるのですが、山の斜面が急過ぎて転がり落ちそうな感覚です。この日は風も強く、小学校1年生の娘が飛ばされないかと私が冷や冷やしている時、リフトに乗らなかった妻は、甘酒で身体を温めていました(笑)

岸 未希亜

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2016年01月11日

山内龍雄芸術館 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「山内龍雄芸術館」の見どころを紹介します。

建物名称を見て分かるように、この建物は住宅ではありません。これまで専ら住宅を造ってきた神奈川エコハウスが、そして神奈川エコハウスにいる自分が、住宅以外の設計を依頼されるとは思ってもみませんでしたが、このお話をいただいた時は気持ちが高ぶりました。

独学で絵の制作を重ね、独自の技法を編み出した孤高の画家・山内龍雄。建て主は彼を支え続け、二人三脚で歩んできた画商の須藤さんです。画家に先立たれた須藤さんは、「山内龍雄を世に残す」ため、彼の作品を展示する建物を造りたいと考えました。

そして、依頼先を決めるために地元の建築会社を幾つかピックアップしていた須藤さんは、当社コンセプトハウスにも来場されました。その3日後に須藤さんのアトリエを訪れることになり、私も初めて須藤さんにお会いし、山内さんの絵を見せていただきました。
私の父も画家で、「絵で食っていく」ことの難しさは子供のころから聴かされていたため、須藤さんが語られる画家・山内龍雄の壮絶な人生には、ふつうの人以上に感じるものがありました。そして、それを支え続ける画商の生き方に、より深い関心を覚えたことを思い出します。
山内龍雄の話を聴くと、「私の父は画家だった」とはとても言えないと思いましたが、須藤さんは来社時に社員から聞いていたそうで、そのことで親近感を持ってもらえたのは幸いでした。

建物の計画にあたっては、当社が得意とする木造技術を活かしながら、住宅とは違った木造の空間に挑戦しました。住宅では封印している片流れ屋根を採用し、その形が外からも室内からも印象的な建物です。

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室内は、片流れ屋根の明快な構造を現わす一方、壁の存在を際立たせたモダンな木の空間です。特に4mの柱を使った展示室は、大きな絵が映えるような背の高い白い壁と、間口3間に架け渡した「登り梁」のリズム、そして鉄骨の螺旋階段が印象的で、一般住宅とは少し異なる空間体験ができます。
カフェ、美容院、診療所、保育所など、ギャラリー以外の用途を想像しながら見ていただくのも面白いと思います。

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展示室の隣は談話室で、絵を見に来た人がベンチに腰掛けて談笑できるスペースです。談話室の天井は高さを少し抑え、2階の床組みを現わした木質感に溢れた空間です。床は屋外デッキへと連続し、外にもベンチが備え付けられています。デッキ越しに隣家の木々を借景し、室内に居ながら自然も感じられるので、展示室とは違ったリラックスした空気が流れています。

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談話室に接して本棚のあるエントランス、受付、物販コーナー、トイレを設け、展示室の奥には絵画を収納するための倉庫を造りました。

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展示室内の螺旋階段を昇ると館長室があります。書斎机を置いて須藤さんが過ごすほか、来賓をもてなすこともあるでしょうし、畳コーナーがあるので、寝転がって寛ぐこともできます。ここはプライベート空間なので、この完成見学会でしか見ることはできません。

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山内龍雄芸術館の正式オープンは4月のため、今回は絵画の展示はありませんが、昨年11月にもご案内した「山内龍雄展」が奇しくも1月17日まで、長野県の梅野記念絵画館で開催されています。お時間があれば、こちらにも行ってみてください。
住所:長野県東御市八重原935-1 アクセス:車/上信越道・東部湯の丸インターから車で15分 電車/北陸新幹線・上田駅から、しなの鉄道に乗り換え田中駅下車、タクシー15分。詳細は山内龍雄展HPをご覧ください。
 
岸 未希亜

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2016年01月03日

新年を迎え、求人のお知らせ

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年末からの弊社の状況は、昨年10月から設計(営業)系業務が忙しくなり、今年の1月からは施工系業務が忙しくなります。(予想以上の仕事増加)
さらに、消費税10%への増税が来年4月に迫り、忙しさのピークは今年の夏・秋(設計系)と秋・冬(施工系)となることが予想されます。

そこで、急ぎ、私たちと一緒に、環境に優しく心地よい木組みの家造りを行いたいという方を募集いたします。

・技術者(設計・施工監理)、及び建築サポートスタッフ ⇒若干名:社員、及びパート社員

・広報(ホームページ関連など)営業企画、事務、総務、受付スタッフ ⇒社員、及びパート社員

詳細はホームページのリクルート欄をご覧ください。
http://www.k-ecohouse.co.jp/others/

電話とEメールにて受付いたします。

お問合せ・応募等のご連絡は担当:鈴木までお願いいたします。

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2015年12月29日

桂二さん

2015年はいろいろな出来事がありました。これまでにないスケールの大きな住宅や、ギャラリーの計画もありました。2年近く当社のことを見てくださっていたお客様と結ばれたかと思えば、一目で気に入ってくださってトントン拍子で進んだお客様もいました。
アースデザインオフィスの仕事としては、昨年始まった山梨での木造学校の後半があり、長野では住宅とお寺の庫裏の計画がありました。エアサイクル工法を使ったモデル住宅の設計も大きなプロジェクトでした。

これだけの幅広い仕事をさせていただけるようになったのも、私が師事した建築家・吉田桂二(よしだけいじ:弟子は親しみを込めて「桂二さん」と呼びます)のお陰であり、感謝してもしきれないぐらいです。

その桂二さんが今月、帰らぬ人になりました。享年85歳でした。

私が桂二さんの存在を知ったのは1992年、大学3年生の時です。キッカケは大学図書館で見つけた1冊の本でした。

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そこには、ペンで細かく描かれた日本の町並みや民家があり、町並み保存の仕事があり、民家や数寄屋のような日本の伝統的住宅を彷彿とさせる、現代住宅の設計事例が紹介されていました。
大学の建築教育では知ることのできない世界が広がっていて、初めて目にした時に「これだーっ」と思った記憶があります。

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大学4年生になると、卒業論文を書くために研究室を選ぶ訳ですが、その少し前に桂二さんの存在を知ったことは幸運でした。
私はもっと民家を学ぼうと考え、建築史研究室にお世話になります。大学4年から大学院1年にかけての2年間で自分なりに勉強を重ね、大学院2年の春に初めて桂二さんの元を訪ねました。

コネもなく、アルバイトで顔を売っていた訳でもなく、毎年採用があるかも分からない小さな設計事務所(と言っても当時は25人ほどいて大所帯)に普通に就職活動をした稀有なケースでした。
しかも会社は桂二さんの個人事務所ではなく、共同設計を掲げて4人で設立した会社(連合設計社市谷建築事務所)だったことを初めて知り、4人の面接を受けて生きた心地がしませんでした(笑)

それでも、所員が辞めたばかりだったこともあり、私は採用されました。本当に運が良かったと思います。

事務所に在籍したのは13年4ヶ月。長いようであっという間だった気がします。
初めは当然ながら下働きですが、初めて桂二さんの仕事に触らせてもらった「古河文学館(茨城県古河市)」や、「坂本善三美術館(熊本県小国町)」の駐車場に建築した「公衆便所」に携われた時はワクワクしたのを覚えています。
初めて桂二さんが設計する住宅の担当になったのは、藤沢市片瀬山の住宅(竣工1998年)でした。

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この家は、神奈川エコハウス(当時は神奈川エアサイクル住宅)が桂二さんに建て主を紹介して実現したもので、神奈川エコハウスにとっては桂二さんに設計してもらった8棟目の住宅であり、最後の作品です。
それ以前から桂二さんは、PACというエアサイクルグループで会員工務店の指導や、ユーザー向けのセミナーをしていたのですが、当社も多大な影響を受けたそうです。
そして年に1棟ぐらいのペースで設計をお願いし、遂に8棟を実現。桂二さんの設計した家を1社で8棟も施工している会社は稀有で、当社はこの経験を生かして自社設計の腕を磨いていきます。

そんな訳で、桂二さんは神奈川エコハウスにとっても師匠と呼べる存在なのです。ちなみに、内弟子以上に桂二さんを慕う外弟子は日本じゅうに多くいます。

私の方はその後、住宅の設計監理だけでなく記念館の設計監理をする機会もいただき、後年は地域工務店とのコラボで、漸く基本設計(プランニング)の経験も積めるようになりました。そして桂二さんが主宰する木造建築学校の講師を務めたことで、プランニングが上達し、人前での講義も臆することなくできるようになりました。全て、今日の仕事に生かされており、本当にありがたいと思います。

2009年、そんな私が神奈川エコハウスに入社しました。展示場の閉鎖による新しいモデルハウスの設計依頼がキッカケだったのは偶然の産物ですが、桂二さんの敷いたレールの上を走っているような気もして不思議な感じがします。

師が去ってしまった2016年、桂二さんの志を継ぐ他の弟子とともに、後世に永く残っていく普遍性の高い「日本の家」をつくっていきたいと思います。

岸 未希亜

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2015年12月20日

信州の町並み2 海野宿

4月下旬のブログで「長野県との縁が深い私ですので、今回から信州の町並みを少しずつ紹介していきたいと思います」と書きました。あれから8ヶ月が経ち、漸く第二弾をお届けする余裕が生まれました(笑)
すっかり忘れてしまった方は、第一弾の「稲荷山:千曲市」をご覧ください。 

今日紹介するのは「海野宿(うんのじゅく)」です。海野宿は、全長約650mもある町並みの中に、「宿場町」「養蚕町」という2つの顔をもっています。

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一つ目は北国街道の宿場町としての顔です。
江戸と京都を結ぶ街道のうち「中山道」は、碓氷峠や和田峠、木曽の山中などの険しい道が多い反面、東海道のように大河を渡る(渡し賃がかかる/大雨で川止めを食らう)必要がないという利点から、利用する旅人が多かったそうです。また、中山道から分岐して日本海側へ至る脇街道が幾つもあり、北国と江戸・京都を結ぶ役割も果たしていました。

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そのような脇街道の一つである北国街道(北国脇往還、善光寺街道とも呼ばれる)は、中山道20番目の追分宿から分岐して善光寺(長野市)を経由し、越後(新潟県)の直江津で北陸道に合流します。
追分宿(軽井沢町)を出ると、小諸宿(小諸市)―田中宿・海野宿(東御市)―上田宿(上田市)と続くのですが、海野宿は元来、田中宿と上田宿の「間(あい)の宿」で、問屋だけが置かれ伝馬の仕事を行っていました。しかし寛保2(1742)年、千曲川の氾濫で田中宿が壊滅状態に陥ったことにより、本陣が海野に移されて正規の宿場になります。佐渡で採れた金の輸送、参勤交代で通る北陸大名の往来、善光寺への参詣客などで、北国街道の宿場は大いに賑わったそうです。

旧北国街道と国道18号線は、重なる部分や並行する部分が多いので交通量も多くなり、小諸や上田には古い建物は僅かしか残っていません。それに対して海野宿は、バイパス道路から外れたことが幸いし、重要伝統的建造物群保存地区に選定されるだけの立派な町並みが残りました。

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海野宿の小諸側(東側)には神社があり、樹齢700年と言われる欅の大木が旅人を迎えます。道は境内に沿って大きく右に回り込み、そこから道路が広くなります。

unno04.jpg 道の奥に見えるのが神社の大木

中央付近を流れる水路と柳の並木が、道を2つ(車道と歩道)に分ける格好になっているのですが、往還と呼ばれた北側の広い道を参勤交代の大名が通り、日陰側と呼ばれた南側の道は、馬をつないだり荷を置いたりしていたそうです。この水路と柳並木を見れば、ここが「海野宿」だと分かるぐらい特徴的な景観です。

建ち並ぶ家を見てみると、家の造りが一様ではないことに気付きます。

unno05.jpg 右手前が出桁造りの旅籠。奥の家には立派な卯建が出ている

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切妻屋根の「平入り」、天井高さを抑えた「つし二階」、2階がせり出して1階よりも少し前に出ている「出桁造り」は中山道の旅籠(はたご)がもつ特徴で、宿場町の名残りです。出桁造りは少しでも2階を広く使おうとした工夫であり、旅人の雨宿りにも有効でした。家の両端に「卯建(うだつ)」のある家も見られます。

もう一方は、2階屋根の上に小さな屋根を載せている家です。

unno07.jpg 左手前が煙抜きの越屋根をもつ家。その奥は出桁造り

こちらは出桁造りと違って背の高い2階建てで、外壁を漆喰で塗り込めた「塗屋造り」の家が多く見られます。煙出しの越屋根が特徴で、これが養蚕町として繁栄した海野宿の二つ目の顔です。

unno08.jpg 元は茅葺き屋根の家も養蚕のための越屋根をもつ

明治21(1888)年に国鉄信越線(現:しなの鉄道)が開通すると、宿場はたちまち衰退しましたが、それを救ったのが養蚕種紙の生産でした。繭をつくって中で蛹(さなぎ)になった蚕は、そのまま出荷されて製糸工場で捨てられてしまうため、養蚕農家は毎年、養蚕種紙を買って蚕を育てます。
海野宿では、宿場の大部屋を蚕室にして養蚕種紙を生産していましたが、その品質の良さが評判になって宿場全体が潤いました。この時に多くの旅籠が種紙生産に適した家に建て替えられたようで、豪壮な「卯建(うだつ)」が造られた家もあり、往時の繁栄が偲ばれます。

鉄道敷設によって宿場町が廃れた後、強かに復活する様は、同じ北国街道の「稲荷山」と重なり、たいへん興味深いですね。

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水路の清流と柳並木が潤いを与える海野宿は、観光客も少なく、往時の姿をよく止めた静かな町です。NHK大河ドラマ「真田丸」が始まると、上田市周辺に観光客が溢れると思いますので、静かな町並みを堪能するなら今のうちです(笑)
宿場の顔と養蚕の顔を見分けに、ぜひ訪ねてみてください。

岸 未希亜

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2015年12月07日

悲喜こもごも

久しぶりにサッカーの話題を少々。ワールドカップでのラグビー日本代表の活躍以来、国内ラグビー(トップリーグ)の結果までニュース映像で流されていますが、国内サッカー(Jリーグ)の盛り上がりも負けていません。この週末には大きなドラマがありました。

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先ずJ1では、2004年以来11年ぶりに2ステージ制+チャンピオンシップが復活しました。野球のクライマックスシリーズのように、あるいは数多くのアメリカンスポーツのように、リーグ戦の結果は予選のような扱いで、シーズン終盤にチャンピオンを決めるトーナメントが行われます。高校野球(甲子園)に代表されるような、ノックアウト方式のトーナメント戦が大好きな日本人には、分かりやすく盛り上がりが期待できる方式ですが、リーグ戦の首位チーム(1番強かったチーム)がチャンピオンになれない事態も起こり得るため、賛否両論は以前からありました。

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そこで大会方式は、リーグ首位(年間勝点1位)チームが最優遇され、各ステージの優勝チームはリーグ2位・3位(年間勝点2位・3位)と予選を戦い、勝ったチームとリーグ首位が戦う中途半端な形を取りました。そうして今年の結果を見ると、第1ステージ優勝がリーグ2位の浦和レッズ、第2ステージ優勝がリーグ1位のサンフレッチェ広島、リーグ3位はガンバ大阪となり、単にリーグ戦の1位から3位が改めてプレーオフを行うという、プロ野球のクライマックスシリーズ同様に意味の見出せない戦いになりました。

ご存知の方は少ないと思いますが、サンフレッチェ広島は予算規模の小さな育成型クラブ(自前で選手を育てて戦力にする)です。それに対して、浦和レッズとガンバ大阪は予算規模の大きなビッグクラブで、いい選手を集める資金力があり、両者ともサッカー専用スタジアムがあります(ガンバ大阪は来年から使用)。一方、広島のメインスタジアムは市内から遠い陸上競技場で、観客が満員になることは滅多にありません。
そして何と言ってもここ数年、広島の選手が次々に浦和に移籍して(引き抜かれて)いくのですから、判官びいきと言われようが、サンフレッチェ広島に肩入れしたくなるのが人情というものです(笑)

試合結果は・・・準決勝は、ガンバ大阪が浦和レッズを3-1で退け、決勝に進みました。決勝はホーム&アウェイの2試合を戦い、第1戦は大阪で、サンフレッチェ広島がガンバ大阪を3-2で破り、第2戦は広島で、1-1の引分けに終わり、無事に(笑)サンフレッチェ広島がチャンピオンになりました。

Jhiki3.jpg 朝日新聞12月6日朝刊より

第1戦終了間際の逆転劇を振り返ってしまうと長くなりそうなので、今日は割愛します(笑)ここ4年で3度の優勝という輝かしい実績を残した監督は森保一(もりやすはじめ)。ドーハの悲劇を味わった元日本代表です。

続いてJ2ですが、こちらはJ1昇格をかけた争いです。今シーズンの成績により、優勝の大宮アルディージャ(86)と2位のジュビロ磐田(82)が自動昇格を果たし、3位のアビスパ福岡(82)、4位のセレッソ大阪(67)、5位の愛媛FC(65)、6位のV・ファーレン長崎(60)がプレーオフを戦いました(括弧内の数字は勝点)。3位と6位、4位と5位が戦う1回戦で、各々上位チームが勝ち(引分けの場合、リーグ戦上位チームが勝ち抜け)、決勝戦のカードはアビスパ福岡VSセレッソ大阪に決まったのですが、ここでも大きな問題が・・・

年間3位のアビスパ福岡は、2位のジュビロ磐田と勝点82で並んだにもかかわらず、得失点差という僅かな差で3位となったチームです。ルール上は仕方のないことですが、4位以下のチームに大きな差をつけながら、このトーナメントで敗れると来年もJ2で戦わなければならないのは、選手の気持ちになってみるとやるせない思いがあります。
さらに酷いのは、決勝の舞台が対戦相手のセレッソ大阪のホームスタジアムで行われたことです。準決勝は上位チームのホームで試合をするのですが、決勝は中立地で行う決まりがあるにもかかわらず、観客動員数等の規定や諸般の事情により、Jリーグが10月に発表(すでに3月には決まっていたらしいですが)。
年間勝点のハンデを考えれば、福岡のホームでやってもいいぐらいの状況でこの仕打ちは酷い。判官びいきと言われようが、アビスパ福岡に肩入れしたくなるのが人情というものです(笑)

試合結果は・・・セレッソ大阪にリードを許した絶体絶命の後半42分、アビスパ福岡の劇的な同点ゴールが決まり、5年ぶりのJ1昇格を果たしました。

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監督は就任1年目の井原正巳(いはらまさみ)。ドーハの悲劇、ジョホールバルの歓喜(ワールドカップ初出場)を経験した元日本代表のレジェンドです。

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最後に2年前にスタートしたJ3について。
今年の優勝は、4部にあたるJFLから昇格したばかりのレノファ山口(山口県)で、J2への自動昇格を果たしました。そして2位となったFC町田ゼルビア(東京都)は、J2で21位の大分トリニータと入れ替え戦を行いました。

町田市は昔からサッカーが盛んな地域で、数多くのJリーガーを輩出しています。町田ゼルビアは2005年まで東京都リーグに所属し、2006年に関東リーグ2部昇格、関東1部を経て、2009年から全国リーグのJFLに参戦しました。
私がまだ真剣にサッカーをしていた2006年、天皇杯東京都予選(社会人)のベスト8まで勝ち上がり、関東2部に昇格したばかりの町田ゼルビアと対戦したことがあります。当時からJリーグ参入を目指していた町田は、元Jリーガーなどを補強していたので手に負えない強さでしたが、1-4と善戦したことが今となっては自慢の一つです(笑)

入れ替え戦の結果は・・・ホーム&アウェイの2試合とも町田が勝利を収め、J2昇格を果たしました。敗れた大分は3年前までJ1にいたのですが、坂を転げ落ちるようにチームが弱体化し、遂にJ3へ降格。チームの存続が危ぶまれます。
FC町田ゼルビアの監督は就任2年目の相馬直樹(そうまなおき)。ワールドカップ初出場を果たした元日本代表のサイドバックで、私と同い年。鹿島アントラーズでも活躍した相馬は、同年代のサッカー選手にとっては雲の上の存在ですが、同じ大学に通っていたので一緒に体育の授業を受けていました(笑)

岸 未希亜

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2015年11月24日

構造見学会でのこと

いつもは「完成見学会の見どころ」を紹介していますが、今回は日曜日に開催した構造見学会のレビューをお届けします。

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構造見学会は通常、上棟してから1ヶ月前後の時期に開催しています。上棟後、先ずは木で組まれた柱と梁の接合部(仕口:しぐち)や、梁どうしの接合部(継手:つぎて)を補強金物で緊結します。併せて、筋交や火打梁といった部材を取り付け、耐震性を高めます(耐震等級3にて計画)。同時に間柱(まばしら)と呼ぶ壁の下地材を取り付け、壁と開口部が区別されていきます。万一、抜け節等で断面が小さくなっても大丈夫なように、この筋交や間柱が一般的な木造住宅よりも太いのは当社の特徴です。

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次に、開口部にサッシ枠を取り付けます。当社はアルミ樹脂複合サッシを使用しているので、外枠はアルミ、内枠は樹脂になっています。外張り断熱工法の場合は、続けて壁の断熱材を取り付けます。この家はエアサイクル工法を採用しているので、通気溝を確保できるダイヤカットの専用断熱材を張っています。この断熱ボードは外側にアルミ箔が施されているので、外から見ると一面が銀色ですが、これによって遮熱性の高い構造になっています。

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完成した姿は家によってかなり違いがありますが、構造は基本的に大きくは違いません。したがって、構造見学会は1度見ていただければ十分です。逆に、大きく変わらないことが大切であると言うこともできます。
それでも目が肥えてくれば、構造見学会でも建物の違いが見えてきます。
分かりやすいのは断熱材です。エアサイクル工法とそうでない外張り断熱の違いがありますし、セルローズファイバーや羊毛等の充填断熱を採用する場合は、施工方法も全く違います。
木にも違いがあります。真壁(構造を見せる)と大壁(構造を見せない)では使っている柱や梁の節の量が違います。室内を主に真壁にしている当社では、節の少ない綺麗な木材が多く使われているのも特徴です。
また、この住宅は平屋のため、5寸角(15cm角)の通し柱はありませんが、代わりに家の中心付近に太くて立派な柱があります。見学者の目にも止まり、「これは何ですか」と質問が出ました。

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建て替え前、ここには築100年になろうかという古い家がありました。古い家に使われていたケヤキの大黒柱(7寸角)を再利用できないかということで、大工が歪みを矯正して表面を削り、約6寸角の柱に生まれ変わって新しい家に引き継がれたのです。差鴨居のホゾ穴も綺麗に埋めてあります。

また建て主は、工事中も仮住まいに移らず、古い家の一部を解体せずに残して住んでいます。多少の不便はあるようですが、工事の進捗を毎日見られるのは楽しいそうです。この日も出て来てくださり、見学者に「驚いたことがある」と自らの体験談を話してくださいました。
それは、解体工事に始まり、地盤補強工事、基礎工事、大工工事と進む中、「業種が変わり、来る人(職人)が変わっても、誰もが礼儀正しく、かつ丁寧な仕事をする」ということでした。

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いくら知名度が高くても、宣伝が上手でも、あるいは見た目が良くても、それだけでは会社を選ぶことはできません。現場で実際に家をつくる人たちや、造られた家の品質は、建て主にとって最も大切な部分です。

私たちの努力不足もあって、これから家づくりを始める方々に、この大切な部分がなかなか上手く伝えられていませんが、飾りのない素直な建て主の感想は、見学者の心にも響いたようです。

岸 未希亜

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2015年11月07日

山内龍雄展

前回のブログで、秋の代名詞として「読書、食欲、スポーツ」を挙げながら、うっかり「芸術の秋」を忘れていました。
仕事で展覧会の運送・設営をしている方から聞いた話ですが、秋になると絵画展などの芸術イベントも増えるそうです。そんな訳で今日は、長野県東御市(とうみし)の梅野記念絵画館で開催中の、山内龍雄展をご案内します。

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現在、当社で記念館を建築中の画家・山内龍雄については、すでに何度かご紹介していますが、オーナーの須藤さんがこの展覧会に際して寄せた文章に端的に表現されていますので、ここに転載します。

山内龍雄は北海道の原野に生まれ育ち、その地に住み続け、画を描き続けた画家だ。まったくの独学で制作を重ね、キャンヴァスを削って描くという独自の方法に行きついた。
私は34歳の時に彼と彼の作品を初めて目にした。私は、彼を紹介するためだけの画廊を作ることを決意し、ギャラリー・タイムを創設した。以降30年、山内は画を描くためだけに生き、私は画商として山内の制作と生活を支えた。二人三脚は続いた。

2013年末、山内は突然この世を去った。アトリエには未完の画が残り、私の元に山内の新作が届くことは無くなった。しかし30年続けてきた「山内龍雄を世に紹介する」という今までの方針を今後も変えることはない。

現在、神奈川県藤沢市に山内龍雄記念館を建設中である。来春の開館を待つこの時期、梅野記念絵画館での展覧の機会を頂いた。

今展では、山内の初期から晩年まで、油彩画、紙の仕事、幅広く紹介する。「山内龍雄」という画家を知ってもらい、またその作品を多くの人に観てもらうことが、「山内龍雄を世に残す」ことに繋がると信じている。


山内さんの作品を評することは、とても私にはできませんが、その画は「静寂」な空気に包まれています。銀座のギャラリーで展示していた時は、その「静寂」な世界が街の喧騒と極めて対比的で、より強く人の心に残ったのだろうと想像します。
山内龍雄展は10月31日にオープニングを迎え、山内さんのファンや芸術に関心の深い方たちが集まりました。翌日には須藤さんと梅野記念絵画館の佐藤雅子副館長とのトークイベントも開催されたそうです。

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また、画を見るのと同時に、美術館巡りも楽しいものですが、梅野記念絵画館はロケーションにも恵まれていて、ロビーからは浅間山を望むことができます。

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・・・・・・息を呑むような美しい景色ですね。

東御市は、上田市と小諸市に挟まれた長野県東部の小さな町なので、私たち神奈川県民には馴染みのない場所だと思います。観光名所としては、北国街道の宿場町である「海野宿(うんのじゅく)」がありますが、ここは重要伝統的建造物群保存地区なので、紙数を割いて後日ブログで紹介します。

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東御市は、軽井沢から少し足を延ばせば行ける距離ですし、来年の大河ドラマ「真田丸」の舞台となる上田市(合併前には真田町という町名もありました)もすぐ隣ですので、晩秋から初冬にかけて信州の旅行を計画される方は、ぜひ梅野記念絵画館にも寄ってみてください。

山内龍雄展の会期は10月31日~1月17日
(月曜休館、12月24日~1月4日は冬期休館)
住所:長野県東御市八重原935-1
アクセス:車/上信越道・東部湯の丸インターから車で15分
電車/北陸新幹線・上田駅でしなの鉄道に乗り換え田中駅下車、タクシー15分

詳細は、山内龍雄展HPをご覧ください。
11月5日の産経新聞朝刊(文化面)でも、詳しく紹介されています。

岸 未希亜

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2015年10月27日

スポーツの秋

読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋、秋は何をするにもいい季節ですね。
折しも日本では、ラグビーフィーバーならぬ五郎丸フィーバーが起きています。皆さんもご存じだと思いますが、イングランドで行われている第8回ラグビーワールドカップの予選リーグ初戦で、優勝候補の一つである南アフリカ(24日の準決勝でニュージーランドに惜敗)を日本が破り、世界中で称賛の嵐が吹き荒れました。
あの歴史的な試合をリアルタイムで見ていたことは、私の密かな自慢です(笑)。ラグビー観戦は思わず力が入るので、見ているだけで疲れてしまいますが、スタンドを味方につけたあの試合終盤の雰囲気や、ラストプレーでの逆転トライには最高潮の興奮と感動を覚えました。大げさでなく「生きてて良かった」と思ったぐらいです(笑)

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日本の大活躍を受けて、私が定期購読しているsports graphic Numberでは臨時増刊号が出たのですが、あっという間に書店から消えてしまい、出版社が増刷しているほどの人気ぶりです。左の1冊は、ラッキーが重なって手に入れることができました。

さて、ここからはグローバルな話からローカルな話題に切り替えます。
10月といえば、運動会を実施する幼稚園や小中学校も多いと思いますが、娘の通う小学校でも運動会がありました。

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良い場所を確保するために朝早くから並んだ方々もいましたが、わが家は開会式の直前入り。休憩場所を確保して敷物を敷くと、娘2人の出番と種目に合わせて見やすい場所へ移動するため、カメラを持って浮遊していました(笑)
当日は神奈川エコハウスで「住まいの教室」があり、最後までは居られませんでしたが、娘の出場競技である玉入れ、徒競争、騎馬戦、ダンス、組立体操は全部見ることができてひと安心。騎馬戦には個人戦と団体戦があり、どの子にも見せ場があるように工夫されていたのが印象的でした。

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また、幼稚園と違って小学校の運動会は生徒が教室でお弁当を食べます。妻の手作り弁当を夫婦2人だけで食べるというのも新鮮でした(笑)

一方、地区の運動会である体育レクリエーション大会(通称、地区レク)は、子供の小学校の学区が地区ごとに11グループに分かれ、その地区対抗戦になっています。子供以上に大人が競技に参加するので、大いに盛り上がりました。
自分たちの地区だけは行政区分の関係で、子供会として参加しているため小規模なのですが、他の地区はTシャツを揃えたり、カレーや豚汁を用意していたり、この日に向けて競技の練習をしていたり、意気込みと準備が違います(笑)

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私は昨年、仕事で参加できなかったのですが、今年は妻が子供会の役員をしているので、参加を義務付けられました。エントリーしたのは4競技で、初めに出たのは「たる転がし」というリレー競技です。

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2本の棒で樽を転がしながら、カラーコーンを回って帰ってくるというもので、流石にこれは空いている時間に練習しました。練習の甲斐あって、失敗すること無くバトンを渡すことはできましたが、チームは予選敗退。やはり他の地区に比べて練習が足りなかったようです。

次に出たのは「年齢別リレー」です。小学生、中学生、20代、30代、40代、40代以上というバラバラの年代、男女を組み合わせて10人でバトンを繋ぎます。わが地区は人手不足のため、中学生の所に小学生が、20代には30代が、30代には40代がエントリーしました。これは大きなハンデです(笑)

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8番手だった私は、6組中の3位でバトンを受け取りましたが、4位との差が僅かだったため、全速力で走りました。幸い、追い抜かれることなく次走者にバトンを渡すことができたのですが、渡す直前に太ももの裏にピリッという痛みが・・・通勤で片道3km走っているとはいえ、全速力で走ることは皆無なので、普段使わない筋肉を使ったのだと思います。軽い肉離れでした。

「もも裏」に不安を抱えながらも、アンカーを務める「ボール蹴りリレー」には出場しました。ドリブル競争なので、他にもサッカーの得意そうなお父さんがいましたが、これだけは自分も負けられません。
しかし優勝を争う強い地区は、私の番が来る前にゴールしていて、流石に私も無力でした。アンカーだけ3周するとか、アンカーはリフティングで往復するルールなら、少しは貢献できたかもしれません(笑)

また、学校の運動会とは違って、見た目の面白い競技も幾つかあります。一つは定番の「パン食い競争」です。手を使わずに口だけでパン取る姿、なかなか取れずに困っている人。思わず笑みがこぼれてしまう競技ですね。
もう一つは「おみくじリレー」です。これは、走者が封筒に入ったおみくじを引き、書いてある指示に従うリレー競技です。

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砂袋を載せたネコ(手押し車)を押したり、3個のボールを抱えたり、大きな下駄を履いたりするので、運に左右される面白さがあります。「大吉」と書かれた当たりクジを引くと、何も持たずに素走りできますが、最悪なのは「底のない麻袋を頭から被って身体を潜らせる」という指示です。とにかく盛り上がりました。

最後の出場は「親子リレー」。母→子供→父のグループと、子供→子供→親のグループに分かれた家族対抗リレーです。わが家は後者にエントリーしたので、娘2人がバトンを繋いでお父さんがアンカーを務めました。採点競技ではないため、「もも裏」に不安を抱えていた私は流して走るつもりでしたが、走ってみたら案外平気だったので、最後は前の走者を追い抜いてゴール。娘にいい所を見せようと張り切りました。

来年に向けては、ママさんにドリブルの練習をしてもらうことと、自分は全速力で走るトレーニングが必要なようです(笑)

岸 未希亜

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2015年10月24日

木の時計作り2

秋も深まりました今月、夏にご好評いただきました湘南T-SITEのFab Spaceさんとのコラボ企画「木の時計作り」の第2弾を、ご希望の方向けに開催いたしました。参加された皆さまの思いがこもった"世界に一つのオリジナルの木の時計"をご紹介します。
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今回はカラープリントのヒノキの時計が完成しました。ヒノキは人肌に近い色合いで木目も優しいので、写真をカラーでプリントするとほっこりとあたたかみのある仕上がりになります。
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UVプリンターカラーサンプルでカラー濃度を相談します。
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「木」にもしっかり印刷されてマシーンから出てきます。家族の思い出の写真の時計...毎日眺められてとてもいいですね。
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シンプルに文字と数字のプリントも恰好いい仕上がりです。ハイセンスな完成度でご満足頂きました。
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小さな画伯の楽しいイラストは、お母様にセンスよくレイアウトされ、レーザー彫刻で仕上げました。お子様にしか描けない!?無邪気な絵に目も心もうばわれます♪
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アンケートにも嬉しい絵を描いてくれてどうもありがとう。イラストの手が繋がっているのが何ともあたたかく幸せな気持ちになります。
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時計本体の形は、30㎝角の木から、ShopBotというマシーンで切り出します。どんな形も作れるんですね。
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Fab Spaceさんのマシーンでのものづくり、面白いです!
切り出しマシーン、レーザーカッターマシーン、UVプリンターカラーマシーン.....色々なワクワクするものがつくれそうです。また冬に企画します。
どうぞお楽しみに♪

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2015年10月16日

芦ノ湖から

先週、北海道に大型低気圧(台風23号)が上陸して被害をもたらしました。ちょうどその日に義理の母がわが家へ来ることになっていましたが、予定していた8日は飛行機に欠航の恐れがあり、急きょ前日の最終便に搭乗して、わが家へやって来ました。今年は親子揃って台風に縁があるようです(笑)
元々母は東京の人なので、同窓会と墓参りを兼ねて毎年必ず上京し、わが家を拠点にします。わが家の和室はそのために造ったと言っても過言ではありません。

1週間滞在した母が帰る前日、温泉でのんびりしたいという妻の希望により、家族揃って箱根に出掛けました。海岸線の道路が整備され、藤沢から箱根湯本までは車で40分あれば着いてしまいます。先ずは箱根新道で芦ノ湖に向かいました。

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芦ノ湖は、言わずと知れた県内最大の湖で、約3000年前に箱根山(神山)の山体崩壊(山の一部が大崩壊を起こすこと)によって生まれました。溶岩や火山灰などが谷の一部を埋め、川が堰き止められることで生まれる堰止湖(せきとめこ)に分類されます。また、江戸時代に関東への出入りを厳しく取り締まった箱根関所の跡も芦ノ湖畔にあり、現在は箱根駅伝の往路ゴール(復路スタート)地点としても知られています。昨年、初優勝を飾った青山学院大学は、先日の出雲駅伝を制し、今年も優勝候補筆頭のようです。

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湖畔からは外輪山(三国山)越しに富士山を望むことができます。折しも山頂に初冠雪があったばかりで、外国人にもすぐ分かる姿になっていました。

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海賊船がみるみる近付いてきました。
皆さんもご存知かと思いますが、これは小田急グループの箱根観光船で、通称「箱根海賊船」と呼ばれています。「箱根・芦ノ湖と海賊船」というミスマッチに違和感もあり、自分はこれまで一度も乗ったことはありませんでしたが、今回初めて乗船しました。

正確には遊覧船ではなく、箱根町-元箱根-桃源台の3ヶ所を結ぶ定期航路です。桃源台に向けて元箱根を出港すると、山と山の間から富士山が一番よく見えるポイントがあります。

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同時に右手前には箱根神社の赤い鳥居があって、とても絵になる風景です。
また、標高が高い芦ノ湖周辺は早くも紅葉が始まっていました。

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本格的に紅葉するのはもう少し先のようですが、船上(湖上)の風の冷たさと併せて、ひと足早く秋の深まりを感じました。

桃源台には、大涌谷や早雲山へ向かう箱根ロープウェイの駅がありますが、噴火警戒レベル2の現在も大涌谷周辺は立ち入り禁止のため、ロープウェイも運行停止です。火山(地震)活動が沈静化し、観光客が戻ることを願わざるを得ません。

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一方、箱根駒ケ岳ロープウェイの方は営業していました。駒ケ岳山頂も大涌谷から比較的近いのですが、ここは大丈夫なようです。以前、このロープウェイのゴンドラから撮影した写真があります。

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手前に芦ノ湖が横たわり、外輪山越しに駿河湾や伊豆半島を望む圧巻のパノラマです。この時は曇り空で、水面だけが光る幻想的な雰囲気の写真になりましたが、改めて晴れている日にも行ってみたい場所です。

お昼ご飯に立ち寄ったのが、箱根神社の駐車場脇にあるこのお店です。

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外見は休憩所か売店にしか見えませんが、U1グランプリ(うどん日本一決定戦)で第3位に入ったという「俺のうどん赤」が評判のお店です。うどんとは別につけ麺があり、どちらも赤い汁が刺激的なのですが、見た目ほどの辛さはなく、とても美味しかったです。
皆様も芦ノ湖に行く際は、箱根神社でひっそりと店を構えている「お休み処・権現からめもち」に立ち寄ってみてください。

岸 未希亜

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