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2016年10月12日

横浜R邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「横浜市R邸」の見どころを紹介します。
敷地は、西側に道路がある南下がりの斜面地で、北側、東側の隣地とは約3mの高低差があります。北と東に間知石の壁があるため、そちら側の1階窓前は閉塞感がありますが、南側隣地は低いので、1階でも十分な日当りがあります。また、2階から富士山を望むことができる点は大切なポイントでした。

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この家には3つの特徴があります。一つ目は、建て主が建築系ご夫婦であること。
当社はこれまでにも、ゼネコンにお勤めのお施主様が何組もいらっしゃるほど、同業者への受けが良い(笑)会社です。特に「構造や施工がしっかりしている」という点が評価されているようです。Rさんのご主人もゼネコンにお勤めで、奥様は元同僚であり、設計事務所に勤務されていたこともあります。初めてコンセプトハウスに来られた時は、たまたま私が対応したのですが、建物の見方が素人っぽくなかったので「怪しい」と思いました(笑)

話をしてみると、とても誠実で感じの良いご夫婦だったのと、ご主人がサッカー好きだったので、一気に距離が縮まったことを思い出します。その後、築5年のオーナー住居を見ていただいてから計画へ入るのですが、「富士山を望む2階に広めのバルコニーがほしい」という以外、要望は簡潔で、ファーストプランに少し手を加えたものが最終形になりました。
詳細打合せでも、要所は自分たちの希望を伝えつつ、設計の大部分は任せていただきました。建築系のご夫婦も納得の設計、納得の品質になっていることは、私たちの自信になります。

二つ目は、外壁にガルバリウム鋼板(金属サイディング)を使っていること。

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外部のメンテナンスを考えた時、汚れが付着しにくいガルバリウム鋼板は選択肢の一つですが、「和」のイメージがある当社の住宅は塗り壁の外壁が多く、金属系の外壁を使うことは稀です。また金属外壁となれば、設計者としては黒色やシルバー色を選びがちなところですが、これらの色は主張が強く、周囲の家から浮いてしまう心配があるという奥様のご意見で、白色のガルバリウム鋼板を選びました。この控えめながら存在感のある外壁だけでも、一見の価値があるかもしれません(笑)

三つ目は、延床面積が約25坪というコンパクトな住宅であること。

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25坪しかない家ですが、そこには広くて明るいリビング・ダイニングがあり、最小限の子供部屋と寝室以外の用途にも使える広々とした和室があります。造り付けの棚や収納、洗面台があり、富士山を眺める広いバルコニーも存在感があります。夫婦+子供2人が豊かに暮らせる空間を体感してください。

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今回は33坪という敷地の制約もあってのことですが、予算を抑える意味でも「家を小さく」することは有効です。
4人家族が暮らす場合、30~35坪の広さを希望されることが多いのですが、1坪でも2坪でも面積を抑えることで、予算を「量から質」に回すことができますし、家を5坪も小さくすれば、約300万円も予算が抑えられるのです。しかし、小さくて魅力的な家を見たことが無いと、「そんなに小さくして大丈夫なのか」と不安になるでしょう。
この家を見ていただければ、そんな気持ちにも変化が起こるはずです。

岸 未希亜

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2016年09月29日

雑誌掲載のお知らせ

現在、書店に並んでいる「Home & Decor Vol.1(ホームアンドデコール)」に、当社で建築した住宅が掲載されました。

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元々は「BY THE SEA(バイ・ザ・シー)」という名前で、海外のテイストを採り入れた住宅や、海辺のリゾートを感じさせる住宅が取り上げられることの多い雑誌です。したがって神奈川エコハウスの住宅は異色の存在ですが、今回掲載されたのは、当社では珍しい海辺の住宅だったので、あまり違和感はありません(笑)

海外生活の長かった建て主は、帰国後は都心の一等地にあるマンション暮らしでしたが、終の棲家を建てるにあたって、富士山の見える場所を求めて敷地を探し、三浦半島西岸のこの場所に巡り会いました。敷地は海辺から少し上がった西下がりの台地で、相模湾、伊豆半島、そして富士山を望むことができます。

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地球や人間が営む永い歴史、文明の発達が招く環境問題等に関心が高い建て主は、日本が世界に誇る「職人の手仕事」が廃れることへの危機感も持たれていました。そこで、伝統工法を得意とする設計事務所や、自然志向の住宅をつくる会社を求めて長野県まで足を運ばれたそうですが、最終的には、大工をはじめとした職人の手仕事を大切にする当社を気に入ってくださいました。

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建て主の希望は当初、より眺望の期待できる2階をリビングにすることでしたが、長閑な場所にもかかわらず準防火地域だったため、2階は窓が全開できないどころか、網入りガラスになってしまうことが判明。リビングを1階にした上で、延焼ラインを避ける絶妙な位置にメインの開口部を設けました。木製のガラス戸と障子を引き込めば、室内にいながら外にいるような感覚で景色を独り占めできます。

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また、自然エネルギーの最大活用を目指して、屋根には太陽光発電パネルと太陽熱温水器を搭載。入居時は見送った蓄電池の採用も、引き続き検討中です。
屋根は沿岸地域ということでステンレス葺き、外壁は火山灰シラスを使った「そとん壁」、開口部は全て木製サッシ、玄関は蔵戸の再利用という特別仕様のため、一見しただけでも存在感のある建物です。

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この住宅は、<絶景を切り取る「そとん壁」の家>として、近日中にホームページの「事例紹介」に加わります。お楽しみに。

岸 未希亜

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2016年09月21日

小田原S邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「小田原市S邸」の見どころを紹介します。今回は、建て主の紹介だけでも伝えたいことが盛りだくさんのため、いつものような詳しい解説は省略して、建物は断片のみお見せします(笑)

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「板の間」は障子越しの自然光に照らされ、天井も桧板張りで温かみのある空間。大工の技が発揮されたストリップ階段がアクセントになっています。窓上の間接照明、PH5(照明)の美しい灯りは隠し味です。

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大工造りに家具造りを組み合わせたキッチンは、自然素材の室内に違和感なく溶け込んでいます。2階は、化粧野地板を天井にした非常に開放的な空間で、窓から見える山並みも綺麗です。

建て主のSさんが最初に資料請求をしてくださったのは、ちょうど3年前の2013年9月でした。直後にあった県産材を巡るバスツアーに参加されたのを皮切りに、当社主催の家づくりセミナー(「住まいの教室」が始まる前)や、主に県央・県西地域の構造・完成見学会に何度も参加していただきました。入居希望時期が2年以上先ということで、時間的な余裕があってのことですが、何度も顔を合せるうちに当然ながら距離も縮まり、「営業する側とお客様」という構図ではなく、気軽に相談できる間柄になれたように思います。
当社を知る前からハウスメーカー、工務店、設計事務所などを幾つも見て回っていたSさんですが、1年間に及ぶセミナーや見学会の参加(延べ16回)で当社の家づくりを詳しく知り、心が決まったようです。Sさんの言葉を借りれば、「他の工務店では設計力に不安を感じ、設計事務所では施工会社や工事のレベルが不確定。貴社に頼めば設計・施工の両方に満足できると思った」とのこと。これだけじっくり観察されても耐えられたことは、大きな自信になります(笑)

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敷地は市街化調整区域との境にあたり、道を挟んだ北側は家が少なく、遠くに山並みを望むことができます。駐車場にしていた実家の土地を切り取って敷地にするため、計画の自由度は極めて高く、かえって難しい条件とも言えました。
前述のエピソードからも分かるように、Sさんは「設計」に対する期待が非常に高く、要望書への記述は非常に丁寧で、かつ面白い表現も幾つかありました。例えば「いつまでも輝き続ける家」という表現。50年前のデザインが今でも引き継がれ、その美しいデザインが色あせないポルシェを例に挙げていました。「子供部屋、主寝室といった呼び名ではなく、奥の部屋、六畳の部屋といった呼び名にしたい」も真っ先に書かれていた要望です。また、具体的で細かな要望がある反面、「~があるといい」「~するのも一案」といった表現で、設計者に判断を委ねる書き方も上手でした。

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そんなSさんに乗せられた私は、第一案としてスキップフロア案を作成。ほとんど平屋の建物の一部がスキップフロアになっていて、下が車庫になっている案です。中2階部分のスタディコーナーと1階のリビングの一体感が魅力的なプランでしたが、予算をオーバーしてしまい、断念しました。
これに続く第二案は、平屋の一部に小さな2階を造り、屋根付きの車庫と一体にした案です。平屋らしいどっしりとした安定感を持ちながら、2階部分がアクセントになった佇まいが好ましい建物でしたが、残念ながらこれも実現しませんでした。
第三案は現実路線に舵を切り、下屋のある2階建て案にしました。平屋と比べると、2階建ての方が風通しが良くなったり、動線が短くなったりして良いことも多いので、結果的には非常にバランスの良いプランができたと思います。当初からの要望もほとんど叶えられているので、Sさんも納得でした。

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現在は外構工事の追い込み中です。目隠し格子に囲われた物干しデッキ、玄関までのアプローチなど、外回りの見どころも多いので、お楽しみに。

岸 未希亜

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2016年09月14日

広島カープ優勝

広島東洋カープが25年ぶりの優勝を果たしました。

carp1.jpg 朝日新聞 9月11日朝刊より

優勝を決めた10日、NHKで放送された巨人-広島戦の平均視聴率は、広島地区で何と60.3%。瞬間最高視聴率は71.0%だったそうです。広島では全ての民放番組で優勝特番が組まれるほどの盛り上がりだったそうですが、神奈川県民の私たちには「他所の出来事」という感じかもしれません。しかし、そうでもないのです。

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これは今年の4月に横浜スタジアムで撮った写真です。3塁側の内野スタンドからバックスクリーンの手前まで座席が真っ赤に染まっています。当社の手配する横浜スタジアムのチケットで、いつも広島戦を見に行かれる広島出身のお施主様もいて、今回の優勝をとても喜んでいました。関東にも意外なほど広島ファンがいるようですが、実は私も「隠れ広島ファン」です。

なぜ、私が「隠れ広島ファン」になったのか。興味が無いとは思いますが、お話しします(笑)

私の父は天の邪鬼で、人とかなり違っていました。プロ野球全盛の昭和40年代に、子供に野球ではなくサッカーをやらせたのもそうですし、野球に関しては「アンチ巨人」でした。そんな家庭で育った私は、ごく自然に「アンチ巨人」になり、1979年、1980年に連続日本一になった赤ヘル軍団(広島カープの愛称)を見て、広島が好きになっていました。
でも私の基本はサッカー少年です。たまに近所の公園で友だちと野球をすることもありましたが、自分の中に「野球をしている所を父に見られてはいけない」感覚があったので、表立って野球を楽しむことはありませんでした(笑)

1979年の日本シリーズでは、リリーフ登板した江夏豊が近鉄のスクイズを外し、初の日本一に輝いた有名な場面がありますが、あれもリアルタイムで見ていました(ご存知ない方は「江夏の21球」で検索してみてください)。山本浩二、衣笠祥雄、高橋慶彦、北別府学、山根和夫、江夏豊など錚々たる顔触れが思い出されます。共感してくれる方、きっといますよね(笑)
1981~1991年は、1年を除いて全てAクラス(3位以内)入りし、3度の優勝を果たす全盛期でしたが、1997年に3位になったのを最後に、2012年までの15年間は万年Bクラス(4位以下)に低迷。フリーエージェントやドラフトの逆指名制度の煽りを受け、資金力に乏しい広島は弱小球団の代名詞になっていました。

2009年、本拠地が広島市民球場からマツダスタジアムに代わっても成績が上向かなかった広島ですが、2013年から連続して3位になるなど次第に結果が出ます。

carp3.jpg Sports Graphic Number 878号表紙

そして2015年、ニューヨークヤンキースから黒田博樹が復帰し、前田健太との二枚看板で大きな期待を集めました。しかしこの年も、前半戦は優勝争いに加わったものの、後半戦で失速し4位。シーズン終了後、前田健太がロサンゼルスドジャースへ移籍してしまったので、誰もが「また優勝が遠のいてしまう」と思いました。
ところが今年、若手や中堅選手の成長に加えて、ベテラン新井貴浩が活躍し、チームとしての完成度が高まりました。39歳の新井と41歳の黒田は、奇しくも同じ2007年のオフに広島を退団したのですが、昨年同時に古巣に戻って来て、今年遂に25年ぶりの優勝に貢献。これにも数々の物語があるのです・・・(笑)

新井は主に4番打者を務めて打率・打点とも好成績を収め、黒田は先発ローテーションを守ってここまで9勝。加えて今シーズンは、新井が2000本安打を達成し、黒田は日米通算200勝を達成しました。2人の超ベテラン選手は数字上の活躍に止まらず、野球に取り組む姿勢や若手へのアドバイスによって、チーム全体に及ぼした影響は量り知れません。
今年だけでなく、数年は勝ち続けてほしいと思います。隠れ広島ファンとして。

岸 未希亜

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2016年09月07日

お住まい拝見

今週末に開催される「住まいの教室」は、実際に住んでいる住宅にお邪魔する「お住まい拝見」です。通常の完成見学会は、まだ家具が揃っていなかったり、生活感のないがらんとした空間のため、実際の暮らしをイメージできない方もいると思いますが、「お住まい拝見」は実際の暮らしが見られます。

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それに加えて、今回訪れる家は2軒とも、「敷地から発想した住宅」という点も見どころです。
敷地が広かったり、四角くて建築しやすい敷地だったり、南側に道路があったりすれば、あまり深く考えずにオーソドックスな住宅を計画することができます。しかし今回の2棟は敷地条件に難があり、間取りや断面計画に工夫が必要でした。そのため、建物の形にも特徴があります。

1棟目は、間口が狭く東西に細長い敷地形状で、南側の隣地に家が建つと1階が日影になってしまう条件です。そこで、日照・採光を確保するために、中庭を囲むコの字型の平面形にしました。さらに、2階平面をL型にして東側の凸部を下屋にすることで、より多くの光や風を採り入れるようにしました。

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1階はリビング・ダイニングをL型に配し、茶道を嗜む奥様のために設けた茶室(和室)で、中庭のもう一辺を囲んでいます。どこからでも木々の緑を楽しむことができる中庭(坪庭)は、採光と通風にも優れていて、町家がもつ昔ながらの知恵です。この坪庭は、茶室の露地としての役割も果たしています。

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転勤の多い仕事に就かれていた建て主は、鎌倉の地に終の棲家を求め、当時お住まいだった石川県金沢市から足繁く鎌倉に通われました。その5年前、金沢転勤によって鎌倉居住が延期になってしまった訳ですが、不動産業者から紹介された中古物件が神奈川エコハウスの造った家で、当社に好印象を持っていたとの運命的なエピソードがありました。そのため「建築会社を決める際に第一候補として声を掛けた」そうです。
ご家族は、夫婦と子供2人の4人家族。社会人の子供たちとは分かれて暮らしていましたが、新しい家が完成すると鎌倉に集結し、賑やかな家庭が戻っています。

2棟目は、敷地面積が約38坪と小さく、北西側には3階建ての家が迫っています。南東側はこれから分譲されるため、計画時(引越し時)はまだ更地でしたが、将来どうなるかは未知数です。そこで、自分の敷地の南側にできるだけ庭(空間)を残すように、建物平面をL型にしました。さらに、2階の真ん中に4帖半の大きさの吹抜けを造り、万が一大きな建物が建っても、1階の日照・採光が得られるようにしました。

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保育園に通うお子様がいるご家族にとって、吹抜けは親子が自然にふれあう装置でもあります。コンセプトハウスの空間をたいへん気に入られた建て主のため、そのイメージを残しながら、吹抜けと子供部屋は当初ひとつの大空間にして、1階ともダイレクトに繋げました。またダイニングは、全開サッシを引き込むとデッキとも一体の空間になるので開放的です。そしてリビングの南に張り出した和室の建具を引き込めば、LDK+和室+デッキの気持ちよい大空間が広がります。

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奥様は「いい空間に身を委ねるのが好き」という稀に見る建築好きで、その想いが詰まった要望ファイルを見て、設計にも力が入りました。そんな建て主だったので、木製の玄関ドア、造作キッチン、吹抜の手摺、障子や襖のデザイン、照明器具など、細部の造り・デザインにもこだわり、雰囲気のある空間をつくることができました。また、ご夫婦が共働きのため、家事動線のこだわり、室内物干場も設計に反映しています。

敷地から発想した家の形。それぞれの希望が形になった住まい。そして神奈川エコハウスで家を建ててみての感想。それらをご自分の目と耳で確かめてみてください。きっと参考になるはずです。

岸 未希亜

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2016年09月02日

未体験の北海道

3年前にも書きましたが、妻が北海道の出身で娘2人も北海道で生まれているため、夏になると彼女らは故郷へ帰っていきます。今年は7月末から娘2人だけで先に妻の実家へ行き、私たち夫婦は、お盆の後に夏休みを取って里帰りしました。昨夏、初めて実家に帰らなかった妻は2年ぶり、私は3年ぶりの北海道です。

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何も見ないで「北海道」を描くのは難しいですが、菱形のような大まかな凹凸はイメージできますよね?
北側の突端は日本最北端の地(北方領土を除く)である宗谷岬(そうやみさき)。東側は知床半島と根室半島が2本の角状になっていて、根室半島の先端を納沙布岬(のさっぷみさき)といい、目の前には北方領土が迫っています。
そして、北海道の中央南に突き出した部分が「襟裳岬(えりもみさき)」です。襟裳岬と言えば、森進一が唄う「えり~もの、春~は~、何も~ない、春です~」が思い浮かぶと思います(笑)

私も北海道には何度も来ているので、有名な場所はだいたい抑えているつもりですが、襟裳岬にはまだ行ったことが無く、実家のある帯広から2時間(約110km)かけて行って来ました。

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荒々しい岩肌の襟裳岬は、日高山脈の南端が海まで突き出したような格好で、岩礁が海の先へと連続しています。相模湾のような穏やかな海と違って、太平洋に接した風の強さ、厳しい自然が印象的でした。

襟裳岬から日高山脈の西側を海岸線に沿って北上すると、浦河、静内、新冠(にいかっぷ)といった町を通過します。この地名を聞いてピント来た貴方は、もちろん競馬好きですよね(笑)新冠町にある「サラブレッド銀座」を訪れると、レースを引退した元競走馬や、その子供たちが見られます。

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かつては、日高地方にある中小規模の牧場が日本競馬を牽引し、競馬史に残る名馬を多数輩出していましたが、現在、競馬界を席巻しているのは、千歳空港の近くに広大な施設を構える社台ファーム(千歳市)やノーザンファーム(安平町)で、世界的にもトップクラスのブリーダーです。
それでもここ数年のGⅠレース(全24戦)を見れば、優勝馬の約半数は日高の中小牧場が生産したサラブレッドで、その事実は興味深くロマンがあります。馬主が北島三郎ということで知られるキタサンブラック(ヤナガワ牧場/日高町)も、そのうちの1頭です。

翌日は、札幌を拠点に親戚や友人に会った他、小学2年生の次女が、ガイドブックの綺麗な写真を見て「ここに行きたい」と主張したため、小樽(おたる)にも行って来ました。

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小樽は明治期から昭和初期にかけて、北海道経済の中心地として栄えた町です。石造りの倉庫や銀行などの洋風建築が残り、今日でも歴史の息吹が感じられます。写真でもお馴染みの有名な場所が「小樽運河」ですが、中国人観光客を中心に多くの人でごった返し、残念ながら風情は感じられませんでした。それでも、人力車に乗ってお姫様気分を味わい、お昼ご飯に海鮮丼を食べ、友だちにガラス細工のお土産を買ったりして、娘たちは十分に楽しめたようです。

小樽まで来たので、もう少し足を延ばして余市(よいち)にも行って来ました。この地名にピンと来た貴方は、ウイスキー好きか、NHKの朝ドラ好きかのどちらかですね(笑)

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連続テレビ小説「マッサン」のモデルは、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝です。日本ではまだイミテーションウイスキーが主流だった大正時代、彼は単身スコットランドに渡ってウイスキー造りを学び、日本で最初に「本物のウイスキー」を造りました。ドラマを見ていた時は、「スモーキーフレーバー」「ポットスチル(単式蒸留器)」といった言葉が頭から離れませんでしたが(笑)、残っている往時の施設を見学すると、その世界観が甦ります。見学の他、ウイスキーやりんごジュースの試飲も可能で、全て無料なのも驚きです。

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ウイスキーに詳しい人はご存知だと思いますが、「竹鶴」や「余市」という名のピュアモルトウイスキーは、世界のウイスキーコンテストで最高賞を受賞している逸品です。マッサンの想いが現在の社員、ブレンダーにも受け継がれているところに、感動を覚えますね。

ところで、私が北海道に滞在していた1週間に3つの台風が上陸し、帰京を予定していた22日は、台風9号の接近で飛行機が欠航しました。予定通りに帰れなくなり、「酷い目にあった」と笑い話にするつもりでしたが、30~31日に台風10号の影響で北海道各地に大きな被害が発生。笑い話では済まされなくなりました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復旧を切に願います。

岸 未希亜

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2016年08月25日

リオデジャネイロ五輪

リオデジャネイロ・オリンピックが閉幕しました。日本にとってブラジルは地球の裏側ですので、正に昼夜逆転の時間帯でした。リオの午前中に行われた競技は、就寝前で見やすかったのですが、日本時間の早朝5時頃や、午前10時頃に決勝が行われた競技は、なかなか見られなかったと思います。
それにしても日本選手の活躍は凄かったですね。必ずしもオリンピックが全てではない競技もありますが、日本じゅうが注目するオリンピックは、多くの選手にとって特別な舞台であり、そこで力を発揮したメダリストたちには、心から拍手を送ります。

オリンピックが終わり、テレビでハイライト番組なども放送されていますが、皆さんが印象に残ったシーンはどれですか?
例えば、体操の男子団体(金メダル)、競泳男子400mメドレーの萩野公介(金メダル)と瀬戸大也(銅メダル)、卓球男子シングルスの水谷隼人(銅メダル)、男子柔道の全階級メダル獲得など、数え上げればきりがありませんが、ここで「私の鳥肌ベスト3」を紹介します(笑)

第3位は、バドミントン女子ダブルスの高橋礼華、松友美佐紀ペアが金メダルを決めた瞬間です。

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これは深夜2時頃に放送していたと思いますが、夏休み中だったのでLIVEで見ていました。「高松ペア」はダブルス世界ランキング1位ということで、大会前から注目されていました。決勝はデンマークのペアに第1ゲームを取られますが、第2ゲームを危なげなく奪って迎えた第3ゲームは、一進一退の手に汗握る展開。終盤に連続ポイントを奪われて16-19の大ピンチ(21点先取すれば勝利)を迎えますが、この追い込まれた状況から同点に追いつくまでの1ポイント毎に、私はテレビの前で叫んでいました。そして逆転で優勝した瞬間は思わず絶叫してしまい、家族を起こしてしまいました(笑)
ランキング1位に違わぬ強さに脱帽です。

第2位は、陸上男子4×100mリレーの決勝で、日本が2位に滑り込んだ瞬間です。

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これは午前10時半過ぎに放送していましたが、やはり夏休み中だったのでLIVEで見ました。100mのタイムが9秒台間近の期待の3選手(山県亮太、ケンブリッジ飛鳥、桐生祥秀)に、200m代表の飯塚翔太を加えた4名は歴代最強メンバーながら、持ちタイムの合計では他国に劣ります。メダルの当落線上という下馬評でしたが、予選でボルトらを温存したジャマイカを上回るタイム(全体2位)で決勝に進んだ時は驚きました。
そして決勝では、100m王者のボルトにこそ突き離されたものの、米国とカナダの猛追を振り切ってケンブリッジ飛鳥が2位でゴールした瞬間は「鳥肌」が立ちました。他国が真似できないアンダーハンドパスに加え、決勝ではバトンパスの距離を靴の1/4足~半足分広げることで、タイムを100分の8縮めることに成功したそうです。北京オリンピックの銅メダルにも驚きましたが、陸上短距離での銀メダル獲得は偉業ですね。

そして第1位は、体操男子個人総合で内村航平が金メダルを獲得した瞬間です。

rio3.jpg 朝日新聞8月12日 朝刊より

内村選手本人は「目標は団体の金」と言い続けていましたが、団体決勝は点差に余裕があったこと、優勝が決まるまで間があったこと、そして私自身、最終種目の「床」しか見られなかったので選外です(笑)

団体の金メダル獲得に貢献した内村は、予選・決勝の全種目に出場して身体は満身創痍の状態。それでも個人総合決勝の得点は、7連覇中の時と遜色ありませんでしたが、ウクライナのベルニャエフが高得点を連発し、最終種目の「鉄棒」を前に0.901もの大きなリードを許します。
素人目には一種目で逆転するのは不可能に思われましたが、内村の演技は大きなミスもなく、微動だにしない完璧な着地で15.800という高得点。一方のベルニャエフは、倒立の姿勢や着地のミスがあって14.800と得点が伸びません。ベルニャエフが不満そうな表情を見せた瞬間、「逆転した」と分かり「鳥肌」が立ちました。

もしベルニャエフが14.900だったら0.001の差で敗れてしまう僅差の勝利。そこには、北京オリンピック個人総合で銀メダルを獲得した翌2009年から世界選手権を3連覇し、ロンドンオリンピックの金メダルを挟んで再び世界選手権で3連覇を果たした、絶対的王者の目に見えぬ圧力が、確かにあったのでしょう。

以上、私の鳥肌ベスト3です。ちなみに本屋に行ってみると、特集号の表紙はどれも内村航平でした。ちょっと残念です(笑)

岸 未希亜

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2016年08月16日

藤沢N邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「藤沢市N邸」の見どころを紹介します。
最大の特徴は、一つの敷地に同時に2棟の家を建てていることです。法的には一つの敷地に1棟しか建てられないので、正確に言えば敷地を半分に分けているのですが、境界にブロック塀を立てるような野暮なことはしません。あくまで一つの敷地に2棟の家があるかのような、緩やかな外構計画です。
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ここに建っていた家は、部屋の南側に縁側を回した日本家屋で、増築された応接間や客間とも廊下で繋がれ、2棟の間には池が造られていました。さらに敷地の奥、家の南側には日本庭園があって、小さな森のようになっていました。この想い出深い庭は、2つの家で共有するようにそのまま残し、どちらの家の中からも、以前の家と同じ景色を望むことができます。

兄弟でも生活スタイルや細かな要望は異なるため、両者の間取りは同じではありませんし、細部も違う所はあります。しかし、2棟の家は違和感なく並んでいます。

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調和の取れた姿になっているのは、外壁をはじめとした外部の仕上げ、屋根の勾配や下屋庇の構成、戸袋のある雨戸サッシ、布団干し専用のミニバルコニー等、統一された要素で造り上げられているからです。

親子や兄弟で隣り合って住宅を建てる場合でも、各々の好みで全く違う家にしてしまうことが珍しくないご時世ですが、向こう三軒両隣の家ぐらいは気にして、周りとの調和を考えてほしいと思います。もっとも、周囲と調和させようもないぐらい、日本の住宅地は酷い有り様になっている訳ですが、それでも家の外観を私物化するのではなく、公的な感覚を大切にして考えたいものです。施主本人よりも、周りの人の目に触れる時間の方が長いとさえ言えるのですから。

さて、室内のことにも少し触れましょう。長い人生経験のある建て主には、「こうしたい」という想いが強くありましたので、プランに関してはご要望に素直に従いました(笑)
私からの提案は、2階への昇り降りが楽になるように、階段に使うスペースを普段より広くして、回り段を減らしたり無くしたりした上で、蹴上寸法(高さ)を180に抑えたことです。今は何の心配も無いほどお元気ですが、将来もできるだけ2階を有効に使ってもらいたいと思っています。

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寝室のドア、収納の引き違い戸、階段に面した廊下の腰壁に輸入壁紙を使いました。英国のHARLEQUIN(ハーレクイン)のFOLIAコレクションから選んだもので、大きな花弁が咲き乱れる躍動的なデザインながら、落ち着いたモノトーン色で抑えを効かせ、この家によく合っています。

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キッチン背面には家具造りの食器棚、廊下には扉付の本棚があります。家具屋さんが無垢の木で造る扉や引出しは、工場で丹念に仕上げを施しているので、とても綺麗です。また、旧家で使われていた材料も幾つか再利用しました。階段の親柱に転用したのは、かつて床柱だった辛夷(こぶし)皮付丸太です。葉の形をした襖の手掛けも味わいがあります。

LDKを見てみると、どちらもキッチンは壁向き独立型。子供と暮らす訳でもないので、リビングに吹抜けもありません。開放感よりは落ち着ける空間を指向していますが、それでいて、大きな窓を通して庭との繋がりは強く感じられます。また、3帖の勝手口収納や4帖の納戸、複数の押入など、収納は多過ぎるぐらいですが、「物持ち」の方にはこれぐらい必要かもしれませんね。
子育てを終えたご夫婦の「終の棲家」としても、きっと参考になると思います。

岸 未希亜

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2016年08月13日

お盆休みも営業しています。

お盆休みの期間中も、コンセプトハウスは休まず営業しております。(水曜定休)

8月13日~21日の間に、コンセプトハウスをご見学の方に弊社掲載の書籍(和風住宅・和モダン・モダンリビングのいずれか)を1冊プレゼントいたします。

お盆休みを利用して、ぜひご見学ください。

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2016年08月12日

雑誌掲載のお知らせ

今年も「和風住宅」に、当社で建築した住宅が掲載されました。

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奇遇なことに今号の特集は、真田家の歴史を今日に伝える貴重な御殿建築の「真田邸」です。私が先日のブログで紹介した、真田氏の城下町「松代」に残る建物ですので、興味のある方は、この記事も併せてお読みください。

さて、掲載されたのは、今年の2月に完成見学会を行った住宅です。まだ記憶に新しいので、覚えている方も多いのではないでしょうか。

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西側に裏山が迫り、東側に川沿いの田園風景が広がる長閑な場所に、森を背にひっそりと建っていた築100年の古民家の建て替えでした。古民家は相当に傷んでおり、冬は外気温と同じくらい寒く、田園に開く形で東向きに建っていたため、日中も薄暗いことが問題でした。それらの問題を解消することはもちろん、これまで通り、周囲の風景に溶け込むような住宅が求められての計画でした。

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「この家以外に住んだことがない」という建て主の言葉を受け、また建て主の年齢を考えても、今さら2階建てにする必然性はなく、当然ながら建て替える家も平屋になりました。
風通しを阻害する「中廊下」は無くしましたが、ダイニングとキッチンを一つにしてリビングは別にする等、できるだけ旧家の面影を残すことで、ご夫婦の身体に馴染む間取りにしています。

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また、旧家で使われていた7寸角の大黒柱や、大阪格子戸(障子を取り外しできる格子戸)を再利用した他、室内から眺める景色についても、旧家の記憶を新しい暮らしの中に継承しました。
この住宅は「旧家の記憶を留める平屋の家」として、近日中にホームページの「事例紹介」に加わります。お楽しみに。

岸 未希亜

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2016年08月09日

夏の体感会 開催しました。

8月6日(土)7日(日)と「夏の体感会」が開催されました。
その中のイベントとして、6日に「木工教室」、7日に「アロマの虫除け」づくりを行いましたので、その内容を簡単にご紹介します。

イベントに参加された方は、DMでイベントを知ったオーナーの方や当社で建築を検討中の方、地域誌の情報を見られた方などさまざま。
年齢も小さなお子様から幅広くご参加いただきましたが、みなさん和気あいあいと楽しくご参加いただきました。

≪木工教室 スルーツ作り≫
今回の講師は、内山大工、橋本大工の若手2人と家具職人の山上さんが勤め、日ごろ図面を描いているスタッフや体験入社の大学生A君にも手伝ってもらいました。
材料は神奈川県産の杉を使用、3種類の板からノコギリでパーツを切り出して、釘で組み立てます。
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みなさん本当に熱心に取り組んでいましたが、お子さんの作業をお父さんが手伝ったり、家族で協力しながら進める姿が印象的でした。
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途中、こだわりの果汁シロップをかけたかき氷を食べていただき、休憩を挟みながらの作業でしたが、カンナで丁寧に角を削ったり、サンドペーパーで仕上げたり、みなさんとても仕上がりにこだわり、予定の時間を超えて頑張っていただきました。
とても暑い中、お疲れさまでした。
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≪アロマの虫よけ作り≫
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夏の体感会2日目に、アロマの虫よけ作りを開催しました。
一般的な虫除けスプレーにはディートと言う農薬に近い成分が入っており、人体に害はありませんが、小さいお子さんなどは1日の使用限度があります。そこで今回は、植物のチカラを拝借し、自然療法として体に取り込むアロマを使用しての虫よけ作りを企画しました。
アロマを使うとあって、小さなお子様連れの方が沢山参加してくださり、2本のスプレー作りを楽しみました。
1本は、シトロネラ、ペパーミント、レモングラス、ゼラニウム、ユーカリ、ティートリー、ラベンダーなどの虫よけの効能をもったアロマオイルに、好きな香りをブレンドして自分だけの虫よけを、もう1本は、リフレッシュリラックス用スプレー。
参加者の皆さんは、沢山のアロマオイルを目の前にして、何度も匂いを確認しながら、自分の好みの香りを無心になって探していました。
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今回はお子様の参加が多かったので、先生がおまけでバスボム作りもしてくださいました。バスボムの材料を袋に入れてモミモミ。
それをスーパーボールの入った容器に入れ固め、飾りをちりばめて完成。バスボムは、お風呂に入れてシュワシュワ溶けた後に、スーパーボールがでて来ます。みなさん、ご自宅でお風呂にいれて楽しんだことでしょう。
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2016年08月05日

体験入社

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長かった梅雨期も終わり、夏本番となりました。体調管理に万全を尽くしたい所です。
さて、今夏当社では、お二人の体験入社をお受けすることになりました。一人は、地元にお住まいの女性の方で、既に業務経験をお持ちの一級建築士の方です。会社勤務と在宅勤務の併用にチャレンジしたいとのことです。もう一人は、京都にある建築専門の大学を来春卒業予定の方で、当社への新卒入社を検討中です。

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当社は、"家づくりに対する考え方"を同じくする方々には、なるべく就業の機会を設けさせていただきたい、という基本的な考え方を有しています。
住宅の新築戸数こそは、今後漸減することが見込まれていますが、"家づくり"に関する仕事は、"家守り"という概念を加えることにより、成長産業と位置づけることも可能であり、何といっても、お客様と前向きな喜びを分かち合える夢のある仕事です。エコロジーを考えるグローカル(Think Globally , Act Locally)な当社に関心をお持ちの方は、お問い合わせ下さい。

下平 勇
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2016年08月03日

多治見の家 その1

ブログでも度々書いています通り、主に他県で設計の仕事を受けているアースデザインオフィスは、2009年末からの6年半で22棟、現在は23棟目の設計を進めているところです。これまで営業活動をほとんどしていないにもかかわらず、過去のご縁やエアサイクルグループを通じた紹介等で、多くの仕事をいただけたことに私自身も驚いていますし、感謝しています。今後は少しずつ宣伝にも力を入れようと思い、今夏、写真家の山田さんと一緒に幾つかの住宅を撮影しに行って来ました。

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この家は、2012年に竣工した岐阜県多治見市の住宅です。建て主は、エアサイクルグループに加盟している早川工務店の社員(社長の長男)で、フクビの営業担当者から私のことを教えられ、ご家族で藤沢にある当社コンセプトハウスにお越しくださいました。建物はもちろん、私のパーソナリティも気に入ってくださったようで(笑)、帰ってすぐに設計依頼の連絡をいただきました。

埼玉県熊谷市と並んで「日本一暑い町」として知られる多治見市。早川さんの希望は、改めてエアサイクル工法をアピールできる家を造り、住宅を検討しているお客様を自宅に招いて、直に見て感じてもらうモデルハウスにすることでした。そのため、ご家族からの要望は控えめに、工務店の家づくりを示していくような内容を中心に、大きく3つの要望をいただきました。

一つ目は大きさ(面積)。40~45坪の住宅が多いという土地柄を考慮し、4人家族(5人家族になることを想定して3つ目の子供部屋も用意)にとってはゆとりのある42坪弱の住宅として設計しました。

二つ目は住宅の中に美濃焼(陶器)を生かすこと。多治見市は土岐市と並んで美濃焼の中心地であるため、地域の特色を出すためにも、タイルや洗面器に美濃焼を使うことを考えました。

三つ目はデザインや質感にもこだわること。同社の大工技術を活かしながら、もっと幅広い世代に受け入れられる住宅として、当社のコンセプトハウスのようなデザインを望まれました。

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建物は、玄関・リビングとガレージを一体にした下屋、水回りと勝手口をまとめた板壁の下屋が、2階建て部分を挟みこむ構成です。ダイニングの大きな窓は全開サッシなので、室内とデッキが繋がります。

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全開サッシの内側には戸袋を作り、障子を引き込めるようにしました。障子は断熱効果が高く、障子紙を通すと光が柔らかく拡散し、より明るく感じます。

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前述の通り、リビング、ダイニング、キッチン、和室が独立性を持ちながらも繋がりのある間取りで、和室の襖を引き分けると、1階のリビング空間は31帖以上の広がりです。キッチンの袖壁に貼っているボーダータイルは、美濃焼タイルです。

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奥に見える共有スペースが3つ目の子供部屋ですが、先日4人目が生まれたので部屋が足りません。でも、上手に部屋を使い回せば何とかなるでしょう(笑)

ご家族は、当時30代前半のご夫婦と保育園に通う2人のお子様。生活面での細かな要望はありましたが、「後は岸さんにお任せします」と自由に考えさせてもらえたので、伸びやかな空間が実現したと思います。実際に暮らしているモデルハウスは説得力も十分なようで、この後にも4棟の住宅を設計しています。

さて今週末、神奈川エコハウスでは「夏の体感会」を開催します。8/6(土)の「住まいの教室」第二部のテーマは「隅々までデザインされた住まい」ということで、アースデザインオフィスの設計事例も詳しく紹介します。オーナーの方や建築中の方でも、興味があれば、どうぞご参加ください。

岸 未希亜

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2016年08月01日

フリーマガジン「海の近く」

「海の近く」というフリーマガジンをご存じでしょうか。今年の4月に創刊され、6月からは毎月発行になっています。海辺の暮らしを楽しむ人のためのフリーマガジン、オイシイモノを中心に、人、住まい、アートなど日々の暮らしがますます楽しくなるような情報を提供するというコンセプトの雑誌です。実は、このフリーマガジンは、当社の向かいにある湘南T-siteが企画してできた雑誌です。しかし、湘南T-siteの情報は載せるものの、広告色はあまり出さず、全体としても広告の割合を抑えています。一般的にフリーマガジンは、広告の塊のようになりがちですが、しっかりとした内容で保管してもらえるような雑誌をめざすという方針なのです。
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当社は湘南T-siteの方と以前からお付き合いがあった関係で創刊前にご相談をいただき、編集方針にも共感したので創刊号から継続して広告を掲載しています。掲載場所は目次横の1ページです。表紙をめくって一番目立つところですから、目次とのバランスも考えたデザインとしています。メインは当社が大切している「くらしの景色」というコンセプトと写真1枚で、とてもあっさりとしています。「くらしの景色」は、なかなか言葉だけでは理解しにくいのですが、毎月写真を見ていただいた方には、そのイメージを感じ取っていただけると思いますし、雑誌の一部として写真を楽しんでいただきたいと思います。
大変好評なようで、設置店は湘南T-siteはもちろん、湘南エリアを中心に毎月増えています。8月号も配布スタートしましたので、見かけた方はぜひ手に取ってみてください。今月の特集は「美しき亜細亜冷麺」です。
当社でも8月号をお配りしていますし、少しですがバックナンバーも全号ありますので、ご希望の方はお問合せください。
表紙・裏表紙の写真など、メインの写真は位田明生さんという雑誌業界では有名な写真家にお願いしているそうで、毎号表紙はとても魅力的で目を引かれます。
4月号「週末は海辺のマルシェへ」
6月号「サンドイッチを持って、海へ」
7月号「まるごと一冊冷えてます」
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こちらは7月号の内容、8月号も夏らしい風情のある1枚を選びました。お楽しみに。
高橋

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2016年07月29日

美しい組子細工

長野で建築予定の庫裡(寺の住居部分)の設計が終わりました。アースデザインオフィスで約1年半前から計画を進めてきましたが、建て主がお忙しいため検討期間も長く、設計変更も何度かありましたので、この間ずっと設計していたという訳ではありませんが、これで一区切りです。
打合せに通っている中で、凄いモノを見せてもらったので、皆様に紹介します。

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これは組子細工(くみこざいく)です。一般住宅ではほとんどお目にかからない代物ですが、地方の本格的な和風住宅では、障子や欄間の建具に、こうした精緻な細工を施した組子が見られます。障子の組子といえば、竪の本数や横の本数を加減したり、等間隔にするか吹き寄せにするか、シンメトリーを崩すか等、基本的なデザインはすぐに思い浮かびます。しかし組子細工の建具は、デザインが多種多様で驚くほどです。

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これは、長野市篠ノ井に栄建具工芸を構える横田栄一さんのご自宅にある組子欄間です。和室の続き間で、部屋境の襖の上に造られるものなので、現代の住宅では欄間そのものが見られなくなっています。

横田さんは小諸市の家具職人の家に生まれ、職業訓練校で木工を学んだ後、16歳から8年間を住み込みで建具の修行に励むなか、「建具職人として一番高い所を目指すとしたら、組子ができる職人だ」と25歳で独立。当時は考えられなかった組子細工のマーケットを開拓し、現在は仕事の7割が文化財の修復というほど、この世界の第一人者として活躍されています。
横田さんは、これから庫裡を建築するお寺の檀家で、工務店の社長とも親しい間柄なので、庫裡の建具製作をしていただきます。組子細工の建具は2ヶ所の欄間だけですが・・・(笑)

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これは内閣総理大臣賞を受賞した組子細工の建具です。内閣総理大臣賞を受賞すること4回、黄綬褒章も受賞している現代の名工で、テレビ番組に出演したこともあるそうです。

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全体像では分かりにくいですが、寄っていくとその凄さが分かります。

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これは別の障子ですが、さらに近寄ってみると、精緻な細工がされていることに驚きます。小さく切った木片を組み合わせてはめ込んでいく作業は、気が遠くなりそうです。

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このように、組子細工で絵を描くこともあります。彩色されていますが、塗装ではなく樹種の違いで色を出しており、千曲川と信州の山並みを表現しています。

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杉、檜、青森ヒバ、欅、春椿、神代杉、神代桂、神代栓など樹種を変えながら、組子の形も変えながら絵を描くというのは、いったいどのような思考回路なのでしょうか。私には分かりません(笑)
兎にも角にも、至高の技術を持った職人の仕事を近くで見ることができるので、とても楽しみです。

岸 未希亜

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2016年07月22日

真田家の居城(信州の町3)

今年のNHK大河ドラマ「真田丸」をご覧になっていますか。草刈正雄が演じる真田昌幸に、初回からぐいぐい引き込まれましたが、小日向文世が演じる豊臣秀吉、高島政伸が演じた北条氏政も印象深いですね。

さて、アースデザインオフィスの仕事で長野に度々出張しているので、真田氏の拠点である上田と松代(まつしろ)に行って来ました。ドラマを見ると、上野(群馬県)の沼田城や岩櫃城も重要拠点ですが、信州の町シリーズ第三弾を兼ねている今回は省略です(笑)

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真田家の家紋の一つ「六文銭」は、三途の川の渡し賃として棺に入れるもので、「生きて帰らぬ」という強い意志を表していると言われます。「真田の町」をアピールする上田駅にも六文銭が描かれていました。

上田城(上田市中心部)の北東、現在は上田市に合併されていますが、以前は小県郡(ちいさがたぐん)真田町と呼ばれた地域が真田氏の郷です。武田家の家臣だった真田家は、武田家の滅亡により織田政権に組み込まれ、本能寺の変で織田信長が死ぬと徳川、上杉、北条による旧武田領争奪戦に巻き込まれますが、真田昌幸(信幸、信繁の父)が、大名不在の小県(ちいさがた)で国衆の総大将になり、智謀を駆使して諸大名と渡り合います。昌幸の謀略家ぶりはドラマでも面白く表現されていますね。

こうして1583(天正11)年、徳川家康の命を受け、上杉氏に対する徳川氏の最前線基地として上田城が築かれます。これは、千曲川領域に勢力を延ばしていた真田家にとっても必要な城で、「昌幸が家康に造らせた」と見ることもできます。

ueda2.jpg二の丸堀跡は遊歩道になっていて、市街地となった三の丸との間を隔てています

ueda3.jpg二の丸には上田市立博物館や運動場があり、一角には大河ドラマ館がオープンしていました。朝から観光客も多くいます

ueda4.jpg東虎口櫓門。天守のない上田城ではここが一番の見せ場です。南北の櫓(やぐら)は民間払い下げで遊郭に使われ、戦後に移築復元されました。城門は1994年に復元され、かつての姿になりました

ueda5.jpg現在、城の南側は芝生の広場になっていますが、当時は本丸のすぐ南まで千曲川の川幅があり、「尼ヶ淵」と呼ばれる天然の堀になっていました。下から見上げる石垣と櫓は、迫力があります

ueda6.jpgかつては眼下に千曲川が広がっていた西櫓からの眺め

上田城は天守もなく、堀と土塁で囲まれた簡素な城ですが、2度の実戦経験(第一次、第二次上田合戦)を持ち、どちらも敵を撃退するという輝かしい戦果をあげた点で、他に類をみない名城です。しかも撃退した相手が、城を造らせた徳川軍である点は喜劇的です。そのため、「関ヶ原の戦い」後に上田城は家康によって破却され、現在残っている建物や城郭は、江戸時代の藩主である仙石氏によって再建されたものです。

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また、上田は城下町であると同時に北国街道の宿場町として発展しました。道路が拡幅され、近代的な建物が多く建っている市街地の一部に、今も柳町という古い町並みが残っています。


再び歴史に話を戻します。「関ヶ原の戦い」を前に石田三成から書状を受け取った昌幸は、真田家の去就を決めるために父子3人で会議を開きました。ドラマではこれから放送される場面です。
父・昌幸と弟・信繁は姻戚関係のある三成率いる西軍に与し、兄・信幸は徳川の重臣・本多忠勝の娘を正室していることから東軍に付くことに決めます。父子、兄弟で袂を分かち、敵味方に分かれる決断でした。

この後、第二次上田合戦で徳川軍を撃退し、徳川秀忠を「関ヶ原の戦い」に遅れさせた昌幸と信繁には、上田領没収と死罪が下されますが、東軍に属した信幸と本多忠勝の助命嘆願により、高野山に蟄居させられました。昌幸は11年後に病死しますが、信繁(幸村)は大阪冬の陣・夏の陣で、真田丸を拠点に徳川家康を大いに慌てさせることは有名です。

その後、信之(信幸から改名)は上田領・沼田領を合わせて9万5000石の大名となり、真田家を存続させますが、1622(元和8)年、同じ信濃の松代藩13万石(後年、沼田領3万石が独立)に移封されました。これは真田家に苦しめられた秀忠の嫌がらせとも言われ、上田の地を追われることには信之も不服だったそうです。しかし松代藩は信之以来、明治維新まで約250年間を、真田氏10代が藩主となって治めました。

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松代城は元の名を海津城と呼び、信濃侵攻を進める武田信玄が上杉勢に対する拠点として築かれました。かの有名な「川中島の戦い」は4度あったのですが、その第3回と第4回の間に造られた城です。2004年に復元された太鼓門、堀、石垣などがあるものの、現在の松代城には見るべきものがありません。

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城跡よりも藩校であった文武学校の方が有名で、1855(安政2)年に開校した藩校が、完全な形で現在に残っている稀有な例だそうです。他にも城下には真田家の私邸として使われていた真田邸、家臣の住宅などが保存されていて、真田家10万石の城下町として、今日も静かな佇まいを見せています。

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また幕末には、兵学者として幕府の要職に就く傍ら、思想家として吉田松陰らに影響を与えた佐久間象山を輩出しました。象山の生家跡地には、知識と学問の神様として象山神社が建てられ、象山が居住し、高杉晋作や多くの志士と議論・密談を重ねたという高義亭も残されています。

調べていると、松代と藤沢に縁があることも分かりました。昭和初期、松代藩の旧藩邸が藤沢市片瀬の龍口寺に移築され、現在も大書院として使われているのです。信州に行かなくても、すぐ近くで真田家の歴史に触れられるのは驚きですね。

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しかし今年はぜひ、真田家の足跡を訪ねてみてください。信州は今、空前の「真田丸」ブームです。

岸 未希亜

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2016年07月13日

藤沢M邸 完成見学会の見どころ

今週末に見学会を開催する「藤沢市M邸」の見どころを紹介します。

建て主は、初めに大手ハウスメーカーへ行きましたが、室内に本物の木を使う希望は叶いませんでした。次に木の家をつくる工務店で計画を進めましたが、納得できないことがあって計画がストップしました。そんな時、知人の紹介で当社の存在を知り、コンセプトハウスにご来場くださったのが昨年の10月です。
その日はたまたま、他のお客様を自邸に案内する日だったので、急きょM様にも一緒に来ていただきました。建てようとしている家と私の家では規模も形も違いますが、少々変わった建物ですし、妻が質疑応答をしたりして、好印象を持ってもらったのではないかと思います(笑)

建て主の希望は平屋で、これまで他社で進めてきたプランも見せてもらいました。オーソドックスな細長い長方形の建物で、プランも特別に悪い訳ではありませんでしたが、敷地に立ってみると、その長方形がしっくり来ない感じがありました。
その理由は幾つかあって、方位が斜めに振れていて建物の正面が南西を向く点、敷地が五角形のため、西隣りの家の窓が視界に入り、こちらを見られているように感じる点、北側隣地に建つ3軒の家が境界に迫って建っていて、非常に圧迫感のある点が挙げられます。
そこで平面を「くの字」に折った建物を提案。初めは建て主も驚かれたと思いますが、私の説明を聞いて納得してくださったようで、細部を変更した第2案が現在のプランです。

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長方形の平面ではリビング、ダイニング、和室が横並びになってしまい、人の距離を遠く感じてしまうところですが、斜めに折れる空間の広がりと一体感には絶妙なものがあります。また、杉のタイコ梁が3本架かるリビング空間は、平屋ならではの勾配天井で、大きな開放感が感じられます。
裸足での生活、床に座る生活を好まれる奥様の希望で、リビングには縁なしの目積畳を埋め込んでいます。隣には小上がりの和室があって、ちょっと変わった「続き間」になりました。

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ダイニングテーブルは、樟(くす)の1枚板を使った逸品。当社の家具屋さん(無垢の会)が脚を造って丁寧に仕上げた、この世に一つしかないテーブルで、この空間にもよく合っています。一方、ステンレスの対面フラット型キッチンはモダンな装いですが、これまた開放性の高いこの家に合っています。

家の外に目を向ければ、「くの字」にすることで敷地に余白が生まれ、北側にも木を植えて庭を作る予定です。北側にある和室と主寝室からは、敷地内の庭に加えて隣家の広い庭も借景することができます。

外構工事中なので、外観はまだお見せできませんが、当社では珍しい濃色の外壁と「寄棟屋根」になっています。寄棟は、小屋組みを室内に現わすことや、エアサイクル工法には不向きなため、普段はあまり採用しませんが、プロポーションの美しい平屋との相性は良く、軒が水平に回る姿には風格が感じられます。
130坪もある恵まれた敷地、その敷地に馴染ませた「くの字」の平屋は、一見の価値があるお住まいです。

岸 未希亜

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2016年07月07日

10年ぶりの福井

毎年この時期に、フクビエアサイクルチェーン全国工務店大会が開かれます。例年は東京で行われるのですが、今年はフクビの本社工場がある福井県福井市で開催され、社長と一緒に参加して来ました。
初日はホテルの会場で表彰式、報告会、講演会、そして懇親会があり、2日目はフクビ本社工場とエアサイクル実験棟を見学しました。

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2棟の実験棟は32年前に建てられたものですが、次世代型エアサイクル工法と在来木造の高断熱高気密工法を比較検証するため、建物をリニューアルしています。建築家の中西ヒロツグ氏が設計したエアサイクル棟は、ガルバリウム鋼板の外壁が目を惹き、見た目で差を付けている印象もありますが(笑)、パッシブデザインを取り入れた次世代向けの設計提案になっていて、実験の検証結果が楽しみです。

午後は、エアサイクルグループの工務店と別れて、福井県で素晴らしい家をつくり続けている「住まい工房」を訪問しました。住まい工房と当社の間には、浅からぬ縁があります。

当社がエアサイクル工法(当時PAC工法)を取り入れるようになった30年余り前、住まい工房の前身である福井ハウジングもPACグループに所属していました。当時の当社社長(現社長の父)と住まい工房の現会長は、グループ内で親交を深めながら、切磋琢磨していたと聞いています。
そのグループを通じて建築家の吉田桂二氏(私の師匠なので以下、桂二さん)と交流するようになった両者は、少し違ったアプローチで桂二さんとの関係を深めていきます。

当社は、桂二さんをセミナーの講師に招きながら、建築家との家づくりを望まれるお客様を紹介し、一つの工務店としては最多になる8棟の住宅を施工しました。基本計画の過程、図面、現場での指導を通じて「吉田桂二の家づくり」を学び、今日の礎にしています。

一方、福井ハウジング(当時)は、桂二さんが考案した「無限定空間の家」の施工者に名乗りを挙げ、この実験住宅を完成させました。
そして竣工までの期間、月に1回訪れる桂二さんにお願いして、全社員を集めた勉強会を開催したのです。それは「吉田桂二の木造学校」が始まる約15年も前のこと。同社はその後も桂二さんを招いての勉強会を続けるなど、設計力はもちろん社員教育にも磨きをかけ、今日の「住まい工房」をつくり上げました。

私自身は、連合設計社在籍時の2006年、住まい工房からの依頼で南越前町の今庄(いまじょう)に1棟の住宅を設計させていただきましたが、同社を訪問するのは、それ以来10年ぶりのことです。今回は、実際に建て主が暮らしている家を2軒、街中のモデルハウスを1軒見せていただきました。最近、吉田桂二賞やチルチンびと住宅建築賞(工務店設計者部門)を受賞するなど、以前にも増して設計施工力が磨かれていることは知っていましたが、それを実感することになります・・・

一つは、北側が公園に接する恵まれた環境を活かした、伸びやかな住宅です。

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物置や自転車置場、薪ストーブの薪置場も一緒に計画されていて、統一感が取れています。室内は柱を隠したモダンな空間で、10年前とは違う、新しい住まい工房を見ることができました。

もう一つは、期間限定のモデルハウスとして計画された建売住宅です。

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準防火地域ということもあり、ケラバを無くした防火仕様の箱型の外観が印象的な建物で、隣には同社が施工したお客様の家が建っており、統一感のある町並みを形成していました。

最後の家は床面積100坪の大邸宅で、どっしりとした風格のある和風住宅です。

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室内の撮影は遠慮しましたが、そこには見事な空間が連続していました。吉田桂二の外弟子としては右に出る者がいない、山祐三さん(住まい工房)の真骨頂を見た思いです。この規模の住宅をまとめ上げる力と、この大きな家を任される会社の信頼性に舌を巻き、素直に感心する他ありませんでした。

環境や条件が異なるとはいえ、地域工務店としての取り組み、その施工例を目の当たりにして、大きな刺激を受けて帰って来ました。まだまだやることがたくさんある、そんな感じです。

岸 未希亜

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2016年06月25日

大人の修学旅行2

職人さんとの「大人の修学旅行」をレポートする第二弾です。
初日、郡上八幡から名古屋に向かい、市内の宿に入る前に少し時間が取れたので、熱田神宮に行きました。境内は広く、参道も広いのですが、鬱蒼とした木々によって薄暗くひんやりとした空気が流れ、荘厳な雰囲気を感じました。

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熱田神宮は、三種の神器の一つである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を祀る神社で、伊勢神宮に次いで権威ある神社として栄えました。織田信長が桶狭間の戦いの前に戦勝祈願したことでも知られています。

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創建は西暦に換算すると113年と古いのですが、戦災によってほとんどの施設が焼失してしまったため、昭和30年に再建されています。本宮は伊勢神宮と同じ神明造りで、屋根は銅板葺きです。2013(平成25)年に創祀1900年の慶節を迎え、大屋根の葺き替えが行われたり、授与所・神楽殿が新しく造営されました。建物は戦後のものなので、文化財等には指定されていません。

翌日は、愛知県北部にある犬山城へ向かいました。犬山城の天守は現存12天守の一つで、姫路城、松本城、彦根城、松江城と並んで国宝に指定されています。

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犬山城は、木曽川に面した高さ40mの丘に建つ平山城(ひらやまじろ)で、「白帝城」という別称があります。木曽川を背にした一番奥の断崖上に天守・本丸を築き、南側に雛段状に縄張り(階郭式縄張り)を形成しているのですが、これを兵法では「後堅固(うしろけんご)の城」と呼んで、平山城の理想とされています。この日は小雨が降っていましたが、最上階の望楼から眺める木曽川と対岸の景色は迫力十分でした。

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犬山城は明治24年の濃尾大震災で天守以外が倒壊、天守も大破してしまったのですが、修復を行うことを条件に、明治政府が旧城主の成瀬家に城を譲渡したため、比較的最近の2004年まで、全国でも他に例のない個人所有の城でした。現在は財団法人犬山城白帝文庫が運営管理を行っていますが、成瀬家の努力によって修復された犬山城は、正に「お殿様」の城だった訳です。

犬山城のすぐ隣、名鉄犬山ホテルの敷地内に「有楽苑(うらくえん)」という日本庭園があります。苑内にある国宝茶室「如庵(じょあん)」と、旧正伝院書院(重要文化財)をプロデュースした織田有楽斎(おだうらくさい:信長の実弟)の名にちなんだ庭園です。

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有楽苑を一番楽しみにしていたのが、庭師の藤木さんです。時に解説をしてくれながらも、基本的には自分のペースでじっくりと見学していました。写真は、撮ることにばかり気を取られてしまうので、その場の雰囲気を感じることを大切にしているとの話。建築でも同じことが言えるので、写真をいっぱい撮りながら、少し反省しました(笑)

如庵は、京都建仁寺の塔頭・正伝院に設けられた茶室でしたが、明治期に正伝院が取り壊されると、如庵と書院が東京の三井家に引き取られ、さらに戦火を逃れて大磯別邸に移され、昭和45年に名古屋鉄道の所有になって当地に移築されました。非常に数奇な運命の建物です。

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如庵は、京都の山崎にある妙喜庵「待庵(たいあん)」、京都の大徳寺龍光院「密庵(みったん)」と並んで国宝3名席の一つに数えられます。見学は予約制で、月に一度の公開日にしか見られませんが、外から室内を覗くことが許される珍しい茶室なので、それ以外の日でも十分に訪れる価値はあります。

最後にやって来たのは、静岡市にある久能山東照宮です。自分はその存在すら知らなかったのですが、徳川家康の遺骸が最初に埋葬されたのは日光東照宮ではなく、ここ久能山とのこと。皆さんは知っていましたか?

静岡ICで東名高速を下り、海岸線に沿って車を走らせると、静岡平野の一角に標高216mの小高い山が見えてきます。遠くからでも山上に建物があるのが分かりますが、車で山上に行くことはできません。反対側の日本平からロープウェイで行くことはできるものの、正式には表参道から石段を登ります。

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石段の数は何と1159段。上が見えないほどの急峻で、階段がどこまで続くのか全く分からないまま、ひたすら登ります。写真を撮っては歩き、また撮っては歩き、絵になる景色の連続が嬉しくて自分は全く苦になりませんでしたが、家族と来ていたら大ブーイングでしたね(笑)

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そんな私も、石段を909段登った所にある「一ノ門」にたどり着いた時、思わずここがゴールかと錯覚しました。振り返ると、駿河湾や伊豆半島を望む絶景が広がっていて、ひと休みです。

さらに石段を登ったその先に東照宮があるのですが、現在でも車では登れない山上に、江戸時代、どうやってこれらの建築群を造ったのでしょうか?

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僅か6年前の2010年、本殿、石の間、拝殿が国宝に指定されたということで、改めてその歴史的・建築的価値が認められたようです。社殿の奥は家康の遺骸が埋葬された場所で、神廟(しんびょう)と呼ばれます。当社は小さな祠(ほこら)だったそうですが、三代将軍家光により、現在の石塔が建てられました。
ここを訪れると、己を東照大権現として神格化させた家康に畏敬の念を抱きつつ、山上での建築工事に従事した当時の職人の苦労に、思いを馳せることができます。

2日間にわたる大人の修学旅行はこれで終了。次はもっと近場で済ませるそうです(笑)

岸 未希亜

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2016年06月15日

大人の修学旅行1

先月、神奈川エコハウスの家を造る職人さん十数名と団体旅行をしました。大工さんを中心に色々な職種の方が参加しての、大人の修学旅行です。

行き先の候補は幾つかあったそうですが、愛知県北部にある「犬山城と有楽苑(うらくえん)」に行くことが決まったところで自分にも誘いが掛かり、私も希望を出してみました。初めに「犬山城に行くのなら、併せて白川郷はどうですか?」と言いましたが、遠過ぎるということで却下になり、次に「郡上八幡(ぐじょうはちまん)は?」と伝えると、これが採用になりました。
私は一度行ったことがあるものの、手元に写真が残っていないので再訪の機会を伺っていた訳ですが(笑)、初めて地名を聞く人にとっては、「それってどこ?」という感じだったと思います。

通称「郡上八幡」と呼ばれる郡上市八幡町は、JR高山本線の美濃太田駅から長良川鉄道に乗って北上する、長良川上流の静かな城下町です。

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岐阜県内を北上して富山に向かう際は、日本三名泉の「下呂」、天領として栄えた「高山」を通るJR高山本線と国道41号線(飛騨川沿い)が主要ルートでしたが、2008年に東海北陸自動車道(長良川沿い)が全線開通したことで、東海と北陸の物流、人の流れが大きく変わっているようです。
以前に私が訪れた時は高速道路開通前で、1両か2両で走っていた長良川鉄道に乗って山奥に来た感じでしたが、今は名古屋からも短時間で来れる距離感です。厚木から東名高速を利用した我々も、約4時間で到着しました。

郡上八幡は、重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)のある歴史の町ですが、水の町、踊りの町としても有名です。特に「郡上おどり」は、7月中旬から9月上旬までの33夜を踊り抜く、日本一長い盆踊り(国の重要民俗文化財)として知られています。中でもお盆の4日間は朝まで徹夜で踊り抜くため、日本全国から約20万人の観光客(踊り人)が訪れ、小さな町は文字通り、膨れ上がります。

周囲を山に囲まれた郡上八幡は、長良川最大の支流である吉田川が町を横断し、大きく北町と南町に分けられます。吉田川には山から多くの流れが注ぐため、町の中に張り巡らされた水路には、常に天然の湧水が流れており、各所で水にまつわる風景が見られます。

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南町の一角に「やなか水のこみち」というポケットパークがあります。

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ここは家と家の間の涼やかな路地空間で、ほっとした気持ちにさせられます。道に敷き詰められた玉石は長良川と吉田川の自然石で、八幡町の名にちなんで8万個もあるそうです。

吉田川に沿って東へ歩を進めると、「いがわこみち」という用水があり、鯉が泳いでいました。

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江戸時代の足軽屋敷の裏を流れる何でもない用水路で、夏になればスイカを冷やしたり、川沿いの洗濯場が近所のおばさんたちの社交場でした。町にはこうした場所が幾つもありますが、観光客が多くなった今日では、そうした光景もあまり見られなくなっています。

吉田川を渡った北町の端っこに、「宗祇水(そうぎすい)」と呼ばれる史跡があります。

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環境省が選んだ「日本名水百選」の第一号に指定されたことで、全国的にも有名になった湧水で、水の町を象徴する、郡上八幡のシンボルです。
下の写真は、吉田川に架かる新橋からの眺めですが、ここも有名なスポットです。郡上八幡に生まれた子供たちにとっては、ここから川に飛び込むことが度胸試しであり、通過儀礼とのこと。しかし橋の高さはマンション5階のベランダに匹敵する12mもあり、いくら何でも高過ぎます。郡上八幡に生まれなくて良かった、と胸を撫で下ろしました。

郡上八幡で重伝建地区に指定されている範囲は、城を含めた吉田川の北側だけですが、南側にも風情のある古い町並みが残っています。

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戦後には古い家が壊され、ビルや新しい家に変わってしまった所もありますが、山裾につくられた国道が町を避けているため、旧道沿いは比較的よく町並みが残っています。ここが重伝建地区であっても何ら不思議ではないくらいです。

北町には南北に走る三筋の通りがあります。西側の通りは、本町、鍛冶屋町、職人町と名を変える旧町人町で、中央の通りは殿町と呼ばれる武家町、東側の通りも柳町と呼ばれる武家町で、主に中級藩士や下級武士が住んでいました。
大正8年に北町一帯が焼失する大火事があり、復興に当たって武家屋敷跡が細分化されて町屋が建ち、現在の姿になりました。道幅の広い殿町には、大きな施設が建つなどして町並みは全く残っていませんが、柳町、職人町、鍛冶屋町は昔の面影をよく残しています。

gujohati9.jpg 柳町
gujohati10.jpg 職人町
gujohati11.jpg 鍛冶屋町

町屋は卯建(うだつ)と呼ばれる袖壁を出した切妻平入りで、元は板葺きでしたが、現在は鉄板葺きか桟瓦葺きです。通りに沿って水路があり、前述のように天然湧水が流れていて、現在でも生活用水として利用されています。

町を見下ろす山の頂には、郡上八幡城がそびえます。下から見上げるその姿には頼もしさすら感じる、郡上八幡もう一つのシンボルです。

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昭和8年に再建された天守閣は、大垣城を参考にした模擬天守です。しかし木造で再建されているため、80年以上経た今では、本物のような雰囲気を漂わせており、司馬遼太郎が「日本で一番美しい山城」と評したことにも納得です。

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郡上八幡は、司馬作品の「功名が辻」に登場する山内一豊の妻・千代の故郷(諸説あり)と言われていて、場内には銅像が建っていました。また、八幡の藩主は何度か入れ替わりましたが、明治維新まで安定した治世を行った最後の藩主が青山氏で、その江戸屋敷跡が現在の港区青山です。皆さんも、郡上八幡に少し親近感を持たれたのではないでしょうか(笑)

郡上八幡だけで長くなってしまったので、続きはまた改めてお伝えします。

岸 未希亜

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